お話しましょ
私がしばらくボーッと突っ立っていたことを、心配してくれたのか。
藤華さんは私に向かい、やわらかく笑い掛けた。
「リナリア姫殿下。もしよろしければ、少しの間お話しませんか?」
「え?……あっ、はい。私でよろしければ……」
藤華さんみたいな大人の女性の話し相手に、私がなれるかどうかはわからないけど。
お母様のことにしてもカイルのことにしても、訊きたいことは山ほどある。
私は少し体を引き、二人を部屋の中に招き入れた。
どこに座ってもらおうかと、室内をぐるりと見回してみたけど。椅子はもちろん、座布団ひとつ見当たらない。
どうしよう?
この部屋は板の間で、畳が敷かれているわけではないし……。
私だけなら、何も敷かなくても平気なんだけど。
さすがに、藤華さんのような高貴な人を、直に板の間に座らせるわけには行かないよね?
この国では、座る時はどうしてるのかな?
紫黒帝に拝謁した時は、大きくて立派な椅子があったけど……。
まさか、この国で椅子に座れるのは、紫黒帝だけ……なんてことはないでしょうね?
どうしようかと考えていると、雪緋さんが部屋の中央辺りで振り返り、
「あの……リナリア姫様。恐れながら、畳は物を置くところではございません。座するための敷物なのですが……」
困り顔で言ってきて、私は『あっ』と声を上げて畳に目をやった。
そっか!
最初にこの部屋に案内された時。
荷物をどこに置こうかなって見回してみたら、ちょうどいい具合に一畳くらいの大きさの畳が端の方にあったから、何も考えずに置いちゃったんだっけ。
あれ、座るための畳だったんだ?
そっかそっか。そっかーーー。
私は慌てて畳の上から荷物を持ち上げ、部屋の隅の方へ置いた。
「すみません! 荷物をどこに置けばいいかわからなかったので、とりあえずここでいいかって、何も考えずに置いちゃったんです。座るための畳だったんですね。ホントに無知でごめんなさいっ」
――考えてみれば。
椅子も座布団も何も置いていない板の間に、畳が一畳敷いてあったら、自然とそこに座るよね?
畳に荷物だけ置いて、板の間に直接座ってた私って、いったい……。
恥ずかしくてうつむいていたら、藤華さんが、
「まあ……。リナリア姫殿下が謝罪する必要などございませんわ。初めて訪れた国ですもの。何も知らなくて当然です。むしろ、詳しくご説明差し上げなかった、こちらの落ち度なのですから。どうかお許しくださいませ」
そう言って、私に頭を下げてきた。
私はブルブルと首を振り、藤華さんが謝る必要はないんだからと、早く頭を上げてくれるようお願いした。
藤華さんはゆっくりと上体を起こし、『それでは、どうぞお座りください』と、先に座るよう促す。
私達は、『いえ、そちらがお先に』『いえいえ。そちらからどうぞ』なんてやりとりを何度かしてから。
『それではご一緒に』ということで、同時に腰を下ろした。
藤華さんは、まっすぐ私を見つめると、
「萌黄は、きちんと女官の役割を果たせておりますか? 姫殿下に、ご迷惑などお掛けしておりませんでしょうか?」
自分の従者のことが気になるらしく、落ち着いた口調で訊ねる。
私は即座に『迷惑なんてとんでもない!』と、思いきり首を横に振った。
「萌黄ちゃんは、よく働いてくれてます! 本当に十歳なのかって、疑ってしまうほどの働きぶりです!」
「まあ、そうなのですか?……よかった。安心いたしましたわ」
胸元に両手を当て、藤華さんはホッとしたように微笑む。
従者と言っても、まだ小さい女の子だ。
萌黄ちゃんのことを、普段から妹のように思って、可愛がっているのかもしれない。
二人の関係性を微笑ましく思いながら、私はフッと笑みをこぼした。