動揺と困惑と
萌黄ちゃんから、カイルは藤華さんのお気に入りだとかいう、意味深なことを聞かされたせいか。
一人で部屋にいると、気が滅入ってきて仕方ない。
どうにかして気分を変えなきゃと思うのに、少しも良い方法が思いつかず、私はひたすら、部屋の中をぐるぐると歩き回っていた。
(あーっ、もう! 余計なことなんか考えたくないのに! 〝藤華さんのお気に入り〟って言葉が、どーっしても頭から離れてくれないっ!……お気に入りって何!? お気に入りってどーゆーことなの、ねえっ萌黄ちゃん! カイルは藤華さんに、どーゆー風に気に入られてるのっ!?……気が利く従者として? それとも、頼れる護衛として? それともそれともっ、他にもっと特別な意味が……!?)
護衛として気に入られているなら、べつにいいんだけど……。
でも、もしも。
もしも、一人の男性として気に入ってる――気になってる、って意味だとしたら……。
そこまで考えて、私は大きく首を横に振った。
しゃがみ込み、両手で頭を抱えこんで、ギュッと目をつむる。
違う違う!
そんなわけない!
……だって、藤華さんは大人の女性だもの。
幾つかはわからないけど……たぶん、カイルとは五歳以上離れてると思うし。
女性から見たら、同い年の男性ですら、ちょっと子供っぽく思えることがあるし。
だから……だから、藤華さんはカイルに、恋心なんて抱かない。
抱かないに決まってる。
お気に入りっていうのは、従者として、護衛としてって意味で。
絶対、一人の男性としてって意味じゃないよ!
世の中に、年の差カップルはたくさんいる。
大人の女性が年下男性を好きになったとしても、少しもおかしくない。
それは充分わかっているけれど。
藤華さんがカイルを好きだなんていう可能性を、受け入れたくなくて。
私は心の内で、『違う』『藤華さんは、カイルに恋してるわけじゃない』と、繰り返し自分に言い聞かせていた。
すると、
「リナリア姫殿下。たびたび申し訳ございません、藤華でございます。護衛を任せる時刻を、翡翠と雪緋、逆にしてほしいとのことでしたので、雪緋を連れてまいりました」
廊下から藤華さんの声がして、私は慌てて立ち上がった。
引き戸を振り返ると、障子には藤華さんらしき影と、雪緋さんらしき大きな影が映っている。
私は慌てて駆け寄って、引き戸を開けた。
「すっ、すみません藤華さん! わざわざお出でいただいて、あの……勝手ばかり言って、本当にごめんなさい!」
開口一番に謝罪し、頭を下げる。
藤華さんは驚いたのか、一拍置いた後、
「いえ、そんな……。どうかお顔をお上げください。姫殿下のご都合をお聞きせず、勝手をしたのはこちらの方でございますもの。あなた様がお気になさる必要はございませんわ」
ホッとするような癒し系ボイスで、優しく語り掛けてくれた。
私は少しずつ上体を起こし、上目遣いで藤華さんを窺った。
目が合うと、彼女はふわりと微笑んで。
「本当に、お気になさらないでくださいね? 護衛時刻を逆にするなど、たやすいことでございますから。……ね? そうでしょう、雪緋?」
「はっ、はい。おっしゃるとおりです、藤華様」
雪緋さんは、藤華さんに釣られたようにニコリと笑う。
それから私に顔を向け、問題ないと言うようにうなずいた。
「翡翠も、特に不満はないようでした。この程度のこと、勝手のうちには入りません。どうかご安心ください」
「う……うん。ありがとう、雪緋さん」
でも、カイルの方は……『不満がない』とは、とても言えないような顔つきだったけど……。
私の表情から、何かを感じ取ったのか、雪緋さんは重ねて告げる。
「翡翠は、いつもつまらなそうな顔をしておりますから、リナリア姫様には、不満げにお見えになったのかもしれませんが……。本当に、気にしていないようでしたので、お気になさらなくても大丈夫ですよ」
「……うん、そうだね。じゃあ、気にしないようにする」
――なんて、言ってはみたものの。
雪緋さんの『翡翠は、いつもつまらなそうな顔をしておりますから』ってセリフが引っ掛かった。
だって、ザックスにいる時のカイルは、『いつもつまらなそうな顔』なんて、していなかったもの。
いつも優しく微笑んで……いつだって、周りの人達のことを気遣ってくれる人だったもの。
それなのに……この国では違うの?
いつも、つまらなそうな顔をしているの?
ねえ。ホントなの、カイル?
ホントだとしたら、何があなたにそんな顔をさせているの?
この国で……ううん。この国に来るまでに、いったい何があったの?
何かあったとしたら……あなたが他人のフリをしていることと、そのこととは関係があるの?
……ああ。
できることなら、今すぐ彼の元に行って、いろいろ訊ねたい。
訊ねたい、けど……。
やっぱり、ムリに聞き出すことなんてできない。
彼が話す気になるまで、気長に待つしかないんだよね……。
でも、神結儀までは、たった三日しかない。
それが終わったら、私はザックスに帰らなきゃいけなくて――。
どう考えても、たった三日で、彼が話す気になってくれるとは思えないし。
私は……私はいったい、どうしたらいいの?
焦りばかりがつのって、気が遠くなりそうだった。
私はキュッと胸元をつかみ、藤華さんと雪緋さんが話し掛けてくれていることにもしばらく気付かず、立ちすくんでいた。