表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/251

解けない疑念

 夕食を終え、萌黄ちゃんがお膳を片付けるため、引き戸を開けて廊下に出ようとすると。

 そこには何故かカイルがいて、私と目が合うやいなやひざまずき、頭を下げてきた。


「おくつろぎのところ失礼いたします、リナリア姫殿下。帝と藤華様の命によりまして、本日より、姫殿下の護衛を務めさせていただくことになりました。若輩者ではございますが、精一杯務めさせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします」


「えっ!? カイ――っじゃない。翡翠さんが私の護衛?」


「ヒスイは藤華様をおまもりするんじゃないのっ?」


 ほぼ同時に驚きの声を上げ、私と萌黄ちゃんは顔を見合わせる。

 カイルは頭を下げたまま、先を続けた。


「リナリア姫殿下が我が国にいらっしゃる間は、藤華様には他の護衛がつくこととなりました。リナリア姫殿下は、私と雪緋が、交代制でお護りいたします」


「えっ、雪緋さんも? 交代制……って?」


「リナリア姫殿下が、ゆうげを終えられました後から、翌日の昼までは私が。昼過ぎからゆうげの時間までは、雪緋が護衛を務めます」


「私のゆうげ後から、昼までの護衛を……翡翠さんが?」


「はい」


「ゆうげ後から昼まで、って……。えっ? 夜の間も、ずーーーっと護衛してるってこと!?」


「はい」


「えええええーーーーーッ!?」


 私はうろたえ、大声を上げてしまった。



 だって!

 夜の間もずーーーっと、カイルが側で護衛してるなんて……。


 ダメ!

 そんなのドキドキしすぎて、眠れなくなっちゃう!



「ダメダメっ! ムリムリムリムリッ!」


「ムリ……?」


「あっ、違うの! ムリってゆーのは、カイ――っ、ひ、翡翠さんが嫌ってことじゃなくて、あの――っ」


 このままでは誤解されてしまう。

 焦った私は、カイルが嫌というわけではなく、他にちゃんとした理由があるんだと、伝えようとしたんだけど。



(……ダメだ。どう説明すればいいのかわからない。だってまさか、『夜、あなたが側にいると思うと、ドキドキして眠れないから』なんて、言えるわけない)



 ……そう。言えるわけないんだ。


 カイルが〝翡翠〟という別人だなんて、私が少しも信じていないってことを、彼は知らないんだから。

 きっと私が、カイルの主張をすんなり信じて、別人だってことを受け入れた――って、思ってるに違いなんだから。



 なのに、ここで『あなたが側にいたら、ドキドキして眠れない』なんて言っちゃったら。

 カイルは、『顔が同じなら他人であってもいいのか』って、『別の男にドキドキするのか』って、失望するに決まってるもの。


 だから言えない。

 あなたが側にいるとドキドキするから……なんて、口が裂けても言えないよ――!



 そんなことを思いながら、私が黙り込んでいると。

 ふいに、カイルが声を落として告げた。


「……承知いたしました。雪緋が護衛する時間帯と、私が護衛する時間帯を、逆にすればよろしいのですね?」


「えっ!? 逆にしてもらえるの!?」


 思わず、前のめりで訊き返してしまったら、


「問題ないとは存じますが、私の一存でどうこうできる問題ではございません。一度下がらせていただき、帝と藤華様にお伺いを立ててまいりますので、今しばらくお待ちいただけますか?」


 書いてあることを読み上げているだけのような、抑揚のない声で告げられ、私はヒヤリとして息をのんだ。



 やっぱり、誤解されてしまったのかな?

 たちまち悲しい気持ちになって、すぐには返事を返せないでいた。


 でも……。

 彼がカイルとは別人だと言い張る以上、私も本当のことは伝えられない。


 誤解を解くことは諦め、私は小さくうなずいた。


「はい。そうしていただけると助かります」


「……それでは、しばしお待ちください。至急、お伺いしてまいります」


 一礼して立ち上がり、カイルは引き返して行った。

 彼の姿が廊下の端に消えるまで見送ると、私は深々とため息をつく。


「絶対、誤解されちゃったよね……」


 泣きたい心境でつぶやいたとたん、


「あの――っ。わたしもお膳を片付けましたら、寝所を整えにまいります! それまでお待ちくださいっ」


 隣で萌黄ちゃんの声がして、ハッとなって顔を向ける。

 萌黄ちゃんは、数秒じいっと私の顔を見つめてから、ペコリと頭を下げ、急ぎ足で廊下を歩いて行った。



 寝所を整えに、って……。早すぎない?

 まだ、夜になったばかりだけど……。



 あ。そっか。

 寝所を整えるところまでが、彼女の一日のお務めなのかな?

 さっき、彼女達のゆうげはお務めが終わってから、って言ってたもんね。



 一人で納得し、私はうんうんとうなずいた。

 すると、廊下の端の手前で、萌黄ちゃんがくるりと振り返り、


「あのっ! ヒスイは藤華様のお気に入りの護衛ですのでっ! 必要以上にお近付きになるのは、おやめになった方がよろしーかと思いますっ!」


 私に警告するかのように言い放ってから、再び前を向き、足早に歩み去った。


「藤華さんの……お気に入り? カイルが?」


 つぶやいて、私は呆然と立ち尽くす。



 どうして萌黄ちゃんは、いきなりあんなこと言い出したんだろう?

 私がカイルを好きだってこと、気付いちゃったのかな……?


 だとしたら、私の気持ちはダダ漏れってことだ。

 あんな小さな子にまで、バレてしまっているだなんて……。



 自分の未熟さが恥ずかしくて。

 私は誰もいなくなった部屋の前で、一人で顔を熱くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ