否定されて
カイルから別人だと言われてしまった後。
どうやって帰ってきたかは覚えていないけど、気が付いた時には部屋の中にいて、呆然と空を見つめていた。
……カイルじゃない。
あの人は翡翠という名前で……カイルなんて名前じゃない。
カイルじゃ……。
カイルじゃ、ない……?
あんなに似ているのに?
目の色も、髪の色も、姿形も、声も……全てが同じとしか思えないのに?
カイルじゃない……。
ホントに、カイルとは別人だって言うの?
……信じられない。
やっぱり、どうしても信じられない。
あの人がカイルじゃないなんて。
だって……あそこまで何もかも瓜二つの人が、この世にいるなんて思えない。
一卵性双生児だって、あそこまでそっくりな人なんていやしない。
そう思えるほどにそっくりだった。
私が元いた世界では、〝この世には、自分と似た人が三人はいる〟なんて言われてたけど。
……現に、私と桜さんは、そっくりだったらしいけど。
だからこそ神様は、私達を入れ替えるってイタズラを考えついたんだよね……。
でも、カイルやギルには、すぐ別人だってバレちゃってたし。
お父様だって、すぐに私だとわかったって言ってた。
だから、実際のところ……神様が言うほどには似てなかったんじゃないか、って……今でもちょっと疑ってるんだ。
……そう。
本当のところなんてわからない。
私は、桜さんに会ったことはないし。
自分の目で直接確かめたわけじゃないから、本当にそっくりだったかどうかを知るすべなんて、今となってはどこにもない。
だから……カイルが別人だなんてことも、心の底から信じることはできない。
彼がどれだけ言い張ったって、私には、同一人物にしか思えないんだもの。
「カイル……。どーして? どーして別人なんて言うの?……翡翠って誰? 翡翠が、ホントの名前って……」
想いを口に出したとたん、涙がポロポロとこぼれた。
……やっと会えたと思ったのに。
会えたら、『もう武術大会なんてどうでもいいの。一緒に帰ろう?』って、伝えようと思ってたのに。
なのに……本人じゃないなんて。
翡翠っていう、別の人だなんて。
……嘘。
やっぱり嘘だよ。
どれだけ考えても、あの人がカイルじゃないなんて思えない。
きっと――。
きっと、カイルだって認められない理由があるんだ。
何か事情があって、正体を明かせないとか……たぶん、そんなところなんじゃないかな?
「そーだよ。きっとそう。何か事情があるんだ」
両手で涙をぬぐい、自分の中で、そう結論付けたとたん。
「あの……」
いきなり誰かの声がして。
私は『ひゃっ?』という短い悲鳴を上げて固まった。
「あっ。ごめんなさい! 驚かせちゃいましたか?」
顔を上げ、声のした方へ視線を移す。
そこにいたのは萌黄ちゃんで、正座して、私を気遣わしげに見つめていた。
「あ……あぁ、萌黄ちゃんか。……えっと、私こそごめんね? ボーッとしちゃってて」
自分がどうやって部屋まで戻ったかわからない上に。
萌黄ちゃんがすぐ側にいたことにも、今まで気付かなかったなんて。
いくらなんでも、ボケボケしすぎだ。
穴があったら入りたい気分……。
私はエヘヘと笑いながら、自分の頭に手を置いた。
萌黄ちゃんはふるふると首を振り、
「いーえ、そんなことどーでもいーんです。……それより、あの……ダイジョーブですか?」
「え? 大丈夫って……何が?」
「あ……えと、何度もお呼びしたんですけど、ずーっとお国の言葉でブツブツおっしゃってたので。どうかなさったのかなって、あの……心配で」
「えっ、そーなんだ? ごめん、全然気付かなかった」
国の言葉って……ザックス王国の言葉ってことだよね?
それじゃあ、萌黄ちゃんには意味がわからなかっただろうし。
ずーっとブツブツ言ってたなんて、気味悪かっただろうなぁ……。
「ホントにごめんね? あの……ちょっとショックなことがあってね? そのことで、頭がいっぱいになっちゃってたから……。でも、もう大丈夫だよ。心配させちゃって、ホントにホントにごめんね?」
私としては、ずっと同じ言葉でしゃべってる感覚しかないんだけど。
無意識のうちに、ザックス王国の言語と、この国の言語、切り替えてしゃべってたのか……。
何だかよくわからないけど、便利な能力(?)だなぁと、つくづく思う。
まるで、自動翻訳ツールにでもなった気分。
ずっと向こうの世界にいたら、将来は、通訳にだってなれてたかもしれないなぁ……。
――なんて。
ひたすら自分の能力に感心していると。
萌黄ちゃんは、未だ心配そうな顔でこちらを見つめ、時折目をそらしたりしながら、何やら考え込んでいるようだった。
やがて、何事か決意したかのように、表情を引き締め、
「あのっ!……ヒスイとも、お国の言葉でお話してましたけど……もしかして、お知り合いなんですか? だとしたら、えっと……どーゆー……お知り合いなんでしょう?」
探るような瞳で、どストレートな質問を投げ掛けてきた。