表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/251

紫黒帝の弱点?

 振り向いた先にいた人は、思ったとおり藤華さんだった。


 彼女は私達の顔を一人一人確認するように見回した後、こちらに向かって歩いてきた。

 そして、紫黒帝の前で足を止めると、


「帝。わたくしの従者が無礼を働いたのでしたら、お詫びいたします。ですがその前に、事の経緯を説明してはいただけないでしょうか?」


 憂いの表情でじっと紫黒帝を見つめながら、穏やかな声で訊ねる。

 すると紫黒帝は、急にうろたえたように視線をさまよわせ、一歩足を引いた。


「け、経緯か? 経緯は、その……。リナリアが部屋にいないと、様子を見に行った女官が申すものだから、何かあっては大変と思い、皆に捜させていたのだ。そうしたら、ここにおる翡翠めが、リナリアを暇つぶしに連れ出したということが判明してな。であるから――」


「まあ。翡翠が姫殿下を?」


 藤華さんは意外そうに目を見張り、カイルへと視線を移した。

 紫黒帝の説明では不充分すぎて、また誤解されてしまうと焦った私は、


「あっ、あの! 連れ出したと言っても、私が無理に頼み込んだからなんです! 全部私のせいで、その人は悪くありません!」


 話に割って入ったりして、礼儀知らずな奴だと呆れられないか、ヒヤヒヤしたけど。

 どうしても黙っていられなかったから、勇気を振り絞って藤華さんに訴えた。


 藤華さんはこちらを振り返り、納得したようにうなずいてから、再び紫黒帝に顔を向けた。


「翡翠が、自ら進んでリナリア姫殿下を連れ出したのでしたら、帝がお怒りになるのももっともなことと思いますけれど。姫殿下からお願いされて――ということなのでしたら、ここまで大騒ぎする必要はなかったのではこざいませんか? 帝は姫殿下に、ずっと部屋にこもっておいでなさいと、おっしゃっていたわけではございませんでしょう?……おっしゃっていましたの?」


「申しておらぬ! リナリアには、神結儀までゆるりとしておれと申し伝えたのだ! 部屋にこもっておれなどとは、一言も申しておらぬわ!」


「……でしたら、何の問題もございませんわね? すっかり日が暮れてしまっている頃のことでしたら、帝がご心配なさるのも無理はございませんけれど。まだそのような時刻ではございませんものね」


 そう言って、藤華さんはにっこりと微笑んだ。

 紫黒帝はタジタジと言った感じで、気まずく目をそらし、


「そ、それはその……。まあ、そうではあるが……」


 なんて、モゴモゴとつぶやいている。



 ……へえー……。


 紫黒帝はこの国の一番偉い人なんだから、彼に意見できる人なんて、一人もいないんだろうなと思ってたけど。


 もしかして巫女姫って、私が想像している以上に、位の高い存在なのかな?

 帝ほどではないにしても、それに近い地位の人とか……そんな感じ?



 ……よかった。


 周りがイエスマン? ばかりだったら、帝はどんどん増長して、すごく孤独な人になってしまっていたかもしれないけど。

 彼女のような人がいてくれるなら、きっと心配いらないよね。



 私は改めて藤華さんを見つめ、惚れ惚れしつつうなずいた。

 藤華さんは菩薩のごとき微笑みをたたえたまま、


「姫殿下も、こうしてご無事でいらしたわけですし。萌黄も翡翠も、もう下がらせてもよろしいでしょう? よろしいですわよね?」


 穏やかだけど、有無を言わせぬ静かな迫力でもって、紫黒帝に念押しする。

 紫黒帝はうぐぐと詰まった後、観念したようにため息をついた。


「……ああ、わかった。二人とも下がるがよい」


「フフ。……ありがとうございます」



 『勝った』と言わんばかりの、満足げな表情をしてみせてから。

 藤華さんは、萌黄ちゃんとカイルに下がるよう促した。


 私はそっと藤華さんに近付き、『ありがとうございました』と小声で伝える。

 藤華さんはそれに笑顔で応え、さっそうと退室して行った。


 彼女の後に続き、カイルも部屋を出て行こうとしたけど、


「あっ!――待ってカイル!」


 私は慌てて呼び止め、彼に早足で近付いた。


「あの……っ。カイルだよね? あなた、カイルなんでしょう? さっきはごめんね。あなたに無理言って連れ出してもらった、なんて言っちゃって。あなたに連れ出されたわけじゃないって伝えたら、今度は萌黄ちゃんが、紫黒帝に詰め寄られちゃうのかなって思ったら、どうしても言えなくて。それで、えっと、話を合わせてくれてありがとう! あとは、えっと、あの……ここでは翡翠って呼ばれてるの? どうして、急にいなくなってしまったの? この国に来たのは、武術大会の修行のため? でも、なんでわざわざ、こんな遠い国まで? ザックス王国でだって、修行はできるでしょう? なのにどうして――っ」


 言いたいことも訊ねたいことも、たくさんあったから。

 思わず、矢継ぎ早に質問を繰り出してしまった。


 彼はゆっくりと振り返り、感情を読み取れない冷めた瞳で、私をまっすぐ見つめると、


「私が帝にお叱りを受けたことを気に病んでおいでなのでしたら、どうかお気になさらないでください。慣れておりますので。それから……恐れながら申し上げます。先ほどから、どなたかと勘違いなさっているご様子ですが……私は翡翠。翡翠と申すものです。カイルなどという名ではございません」


 淡々とした口調で、キッパリと言い放った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ