表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/251

波乱の御所内

 カイルに導かれて御所に戻ると、私が考えていた以上に大事になっていた。


 役人さん達や女官さん達、御所内の人々が青い顔で右往左往していて。

 その中心にいる紫黒帝は、彼らとはまったく逆の真っ赤な顔で怒りまくり、怒鳴り散らしていた。


「ええい、この役立たず共め! 一刻も早くリナリアを捜し出し、朕の前に連れて参れ! リナリアにもしものことあらば、姉上に申し訳が立たぬではないか!――捜せ捜せ! 何としても、無事に捜し出すのだ!」


 ――なんて言ってる紫黒帝の前に、ひょっこり私達が現れると。

 彼はコロッと表情を和らげ、私を胸にかき抱いた。


「おお、リナリア! 無事だったのだな!……よかった。おまえの姿がどこにも見えんというから、心配しておったのだ。……ああ。誠に無事でよかった」


「……は、はぁ……。あのっ、ご心配とご迷惑をお掛けしまして、申し訳ありませんでした」


 紫黒帝のあまりの剣幕に、ちょこっと引いてしまったけど。

 彼が心配してくれていたのは事実だろうから、素直に謝った。


「なに、よいのだ。こうして、無事に戻ってきてくれただけで……。うむ。それだけで充分だ」


 紫黒帝はしみじみとした口調で告げ、更に強く抱き締めてくる。



 叔父にあたる人とは言え、今日初めて会った人に、こうして抱き締められているというのも、なんだか不思議な気もするけど。


 ……どうしてだろう。

 少しも嫌な感じがしない。


 それどころか、干したばかりの布団にくるまれて眠っている時のような、安心感や幸福感すら覚える。


 彼から発せられた言葉には、嘘がひとつもない。

 何故かそんなふうに、すんなりと信じられたからだろうか?


 少なくとも、うわべだけの言葉じゃないんじゃないかって。


 心から、私のことを心配してくれているような。

 常に、気に掛けてくれているような……そんな気がして……。



 紫黒帝の気持ちが嬉しくて。

 私は顔を上げ、ちゃんと彼の顔を見て、感謝の意を伝えようと思った。


 だけど、急に私を体から離すと、


「翡翠! リナリアを連れ出したのはそちであるな!?」


 思いきりカイルをにらみつけ、決めつけるように訊ねた。


 とっさに否定しようとしたけど。

 そうすると、今度は萌黄ちゃんが叱られてしまうかもしれない。

 一瞬の迷いが、言おうとしていた言葉を奪った。


「はい。おっしゃるとおりです。勝手なことをいたしまして、誠に申し訳ございませんでした」


 ほとんど間を置くことなく発せられたその言葉に、私はハッと目を見張る。

 慌ててカイルの方を見やると、二人はいつの間にかその場に正座し、カイルは深々と頭を下げていた。

 萌黄ちゃんは真っ青な顔、おびえる瞳で、彼を凝視している。


「申し訳ないでは済まぬわ! いったい誰の許可を得て、リナリアに近付いた!? 従者の分際で、遠い異国からの客人をいずこかへ連れ出そうなどと、よくもそんな勝手な真似ができたものよ!」


 紫黒帝はキツい声で彼を責め立て、ワナワナと体を震わせている。

 カイルはひたすら下を向き、黙って彼の言葉を受け止めていた。



 ……どうしよう。


 彼は――カイルは全然関係ないのに。

 それどころか、迷った私達を、ここまで連れてきてくれただけなのに。


 違うのに……彼のせいじゃないのに。

 どうしても、『違います』って、『彼に連れ出されたわけじゃありません』って言えない。


 だって。

 だって、そう言ってしまったら、今度は『じゃあ、誰が連れ出したんだ?』ってことになっちゃう。


 あそこまで怒りまくってる紫黒帝の前に、まだこんなに小さな萌黄ちゃんを差し出すなんて、できない。


 でも……でも、カイルは悪くない。

 悪くなんてないのに――!



「やめてくださいッ!! お願いですから、彼を責めないで!」


 気が付くと、私はカイルと紫黒帝の間に割って入り、自分でも驚くほどの大声で訴えていた。

 紫黒帝はギョッとしたように私を見つめ、眉根を寄せて黙り込む。


 勢いが止んだ今がチャンスと、私は勇気を出して先を続けた。


「彼は、一人で退屈していた私を見かねて、気晴らしに連れ出してくれただけなんです! 偶然行き合った彼に、私の方から頼んだんです! ですから、彼は少しも悪くありません! 悪いのは、無理を言って連れ出してもらった、私の方なんです!」


「……うん? リナリアが頼み込んだと申すのか?」


「そうです、私です! 忙しかったに違いない彼に、私が無理に頼んだんです! ですから、彼を責めないであげてください! 責めるなら、どうか私を!」


「……う、うぐ……。むぅぅ……」


 私を責めるのには抵抗があったのか、紫黒帝は気まずそうに口ごもり、しばらくの間、私を困惑顔で見つめていた。

 私も負けじと、まっすぐ見つめ返す。


 ――するとそこに、


「まあ。これはいったい何事ですか? わたくしの可愛い萌黄が、何か粗相をいたしましたの?」


 聞き覚えのある、慈愛に満ちた聖母のような声が降ってきて、私達は一斉に振り返った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ