波乱の御所内
カイルに導かれて御所に戻ると、私が考えていた以上に大事になっていた。
役人さん達や女官さん達、御所内の人々が青い顔で右往左往していて。
その中心にいる紫黒帝は、彼らとはまったく逆の真っ赤な顔で怒りまくり、怒鳴り散らしていた。
「ええい、この役立たず共め! 一刻も早くリナリアを捜し出し、朕の前に連れて参れ! リナリアにもしものことあらば、姉上に申し訳が立たぬではないか!――捜せ捜せ! 何としても、無事に捜し出すのだ!」
――なんて言ってる紫黒帝の前に、ひょっこり私達が現れると。
彼はコロッと表情を和らげ、私を胸にかき抱いた。
「おお、リナリア! 無事だったのだな!……よかった。おまえの姿がどこにも見えんというから、心配しておったのだ。……ああ。誠に無事でよかった」
「……は、はぁ……。あのっ、ご心配とご迷惑をお掛けしまして、申し訳ありませんでした」
紫黒帝のあまりの剣幕に、ちょこっと引いてしまったけど。
彼が心配してくれていたのは事実だろうから、素直に謝った。
「なに、よいのだ。こうして、無事に戻ってきてくれただけで……。うむ。それだけで充分だ」
紫黒帝はしみじみとした口調で告げ、更に強く抱き締めてくる。
叔父にあたる人とは言え、今日初めて会った人に、こうして抱き締められているというのも、なんだか不思議な気もするけど。
……どうしてだろう。
少しも嫌な感じがしない。
それどころか、干したばかりの布団にくるまれて眠っている時のような、安心感や幸福感すら覚える。
彼から発せられた言葉には、嘘がひとつもない。
何故かそんなふうに、すんなりと信じられたからだろうか?
少なくとも、うわべだけの言葉じゃないんじゃないかって。
心から、私のことを心配してくれているような。
常に、気に掛けてくれているような……そんな気がして……。
紫黒帝の気持ちが嬉しくて。
私は顔を上げ、ちゃんと彼の顔を見て、感謝の意を伝えようと思った。
だけど、急に私を体から離すと、
「翡翠! リナリアを連れ出したのはそちであるな!?」
思いきりカイルをにらみつけ、決めつけるように訊ねた。
とっさに否定しようとしたけど。
そうすると、今度は萌黄ちゃんが叱られてしまうかもしれない。
一瞬の迷いが、言おうとしていた言葉を奪った。
「はい。おっしゃるとおりです。勝手なことをいたしまして、誠に申し訳ございませんでした」
ほとんど間を置くことなく発せられたその言葉に、私はハッと目を見張る。
慌ててカイルの方を見やると、二人はいつの間にかその場に正座し、カイルは深々と頭を下げていた。
萌黄ちゃんは真っ青な顔、おびえる瞳で、彼を凝視している。
「申し訳ないでは済まぬわ! いったい誰の許可を得て、リナリアに近付いた!? 従者の分際で、遠い異国からの客人をいずこかへ連れ出そうなどと、よくもそんな勝手な真似ができたものよ!」
紫黒帝はキツい声で彼を責め立て、ワナワナと体を震わせている。
カイルはひたすら下を向き、黙って彼の言葉を受け止めていた。
……どうしよう。
彼は――カイルは全然関係ないのに。
それどころか、迷った私達を、ここまで連れてきてくれただけなのに。
違うのに……彼のせいじゃないのに。
どうしても、『違います』って、『彼に連れ出されたわけじゃありません』って言えない。
だって。
だって、そう言ってしまったら、今度は『じゃあ、誰が連れ出したんだ?』ってことになっちゃう。
あそこまで怒りまくってる紫黒帝の前に、まだこんなに小さな萌黄ちゃんを差し出すなんて、できない。
でも……でも、カイルは悪くない。
悪くなんてないのに――!
「やめてくださいッ!! お願いですから、彼を責めないで!」
気が付くと、私はカイルと紫黒帝の間に割って入り、自分でも驚くほどの大声で訴えていた。
紫黒帝はギョッとしたように私を見つめ、眉根を寄せて黙り込む。
勢いが止んだ今がチャンスと、私は勇気を出して先を続けた。
「彼は、一人で退屈していた私を見かねて、気晴らしに連れ出してくれただけなんです! 偶然行き合った彼に、私の方から頼んだんです! ですから、彼は少しも悪くありません! 悪いのは、無理を言って連れ出してもらった、私の方なんです!」
「……うん? リナリアが頼み込んだと申すのか?」
「そうです、私です! 忙しかったに違いない彼に、私が無理に頼んだんです! ですから、彼を責めないであげてください! 責めるなら、どうか私を!」
「……う、うぐ……。むぅぅ……」
私を責めるのには抵抗があったのか、紫黒帝は気まずそうに口ごもり、しばらくの間、私を困惑顔で見つめていた。
私も負けじと、まっすぐ見つめ返す。
――するとそこに、
「まあ。これはいったい何事ですか? わたくしの可愛い萌黄が、何か粗相をいたしましたの?」
聞き覚えのある、慈愛に満ちた聖母のような声が降ってきて、私達は一斉に振り返った。