可愛らしいお世話係
藤華さんとの挨拶は済ませたものの。
御所の中を勝手に歩き回るのは、やっぱりマズいだろうと思い、私はひたすら部屋の中でじっとしていた。
でも、しばらく経つとさすがに飽きてきて。
叱られるのを覚悟で、敷地内を散策してやろうと決意した私は、すっくと立ち上がった。
すると、
「失礼いたします! 姫様のお世話をするようにと、申し付けられてきた者です! お部屋に入れていただいても、よろしーでしょーか!」
すごく大きな声がして、私はギョッとし、引き戸の方へ目をやった。
引き戸には、全体的に薄ーい紙が貼られていて(要するに障子よね。この国では、何て呼ばれてるかはわからないけど)、その下の方に、小さな影が映っていた。
声の印象からすると、幼い女の子のようだ。
影も、大人にしては小さすぎるし。
――それにしても。
今、『お世話をするようにと、申し付けられてきた』って言ってたよね?
さっき紫黒帝から、『後ほど侍女を使わそう』とは言われたけど、『自分のことは自分でできます』って、断ったのになぁ?
う~ん……ちゃんと伝わらなかったのかな?
でも、まさか……こんなに小さな女の子(たぶん)に、お世話してもらうことになるなんて……。
私は少し戸惑いながら、ゆっくりと引き戸を開けた。
廊下には、思った通りの小さな女の子がいて。
まったく顔が見えないくらい、深々と頭を下げている。
「えっ? お世話するって……ホントに、あなたが?」
予想通りだったことに驚き、思わず声に出してしまったんだけど。
その瞬間、女の子の背中がピクリと揺れた。
「……わたしじゃ、いけませんか?」
さっきより、声のトーンが低くなっている。
どうやら、ムッとさせてしまったらしい。
彼女のプライドを、傷付けてしまったんだろうか?
誤解されては大変と、焦った私は、
「えっ?――ううんっ? ううん、全然っ! 全っ然、いけないってわけじゃないの! ただ、あなたみたいに小さな子が、もう立派に働いてるんだな、偉いなって、その……っ、感心しちゃってただけなの! あなたが気に入らないとか嫌だとか、そーゆーんじゃないから! もしも誤解させちゃったなら、ごめんなさいっ!」
その場にしゃがみこみ、女の子と同じくらいの目線になって、早口で謝った。
彼女も機嫌を直してくれたのか、
「いーえ! どーか、気になさらないでください! わたしの言い方も悪かったです!」
また元の調子に戻り、元気に返事をしてくれた。
……フフっ。
ちょっぴり勝ち気そうではあるけど、悪い子じゃないみたい。
誤解もされずに済んだみたいだし……。
うん。よかった。ホッとした。
「それで、えっと……。あなた、お名前は? 今、幾つなのかも教えてくれる?」
「はい! 名は、萌黄と申します! 年は、ちょうど十になります!」
「萌黄ちゃんかぁ。可愛い名前だね。年が十ってことは――」
やっぱり、イサークの妹のニーナちゃんより、年下なのか……。
向こうの世界で言ったら、十歳なんて、まだ小学四年生くらいだよね?
そっかぁ……。
この国では、こんなに小さな頃から、お仕事してるんだ……。
偉いなぁなんて思いながら、私はしばらく、しみじみと少女を見つめていたんだけど。
途中で、頭を下げさせたままだと気付き、焦って声を掛ける。
「あっ、ごめんね! もう顔上げて大丈夫だよ? ホントにごめんねっ、気が付かなくて!」
少女は再び大きな声で、『はい! それでは、失礼いたします!』と返事した後、バネ仕掛けの人形のように、ぴょこんと上半身を起こした。
(わっ!……何この子!? めっちゃ可愛いんですけど!?)
萌黄ちゃんの顔を目にした瞬間。
あまりの可愛さに、思わずキュンとしてしまった。
萌黄ちゃんは、黒目勝ちのキラッキラした瞳に、小さくて低めの鼻、やや小さめの口がめちゃくちゃキュートだった。
髪は、頭の左右でお団子にしていて、小さめな花飾りを付けている。
今思えば、藤華さんの頭にも付いてたっけ、花飾り?
藤華さんのは、確か……もうちょっと大きめだった気がする。
正直なところ、彼女の美しさの方に気を取られてしまって、服装はあんまり覚えてないんだよね。
鮮やかな色の服だったことは、ぼんやり記憶の隅に残ってるんだけど……。
萌黄ちゃんの服装は、藤華さんよりは、地味めで軽装って感じではある。
けど……この国の服の特徴なのかな? 使われている色彩は、とても鮮やか。
そして、向こうの世界(日本)の、平安時代の服装よりは、着物でも、もっと軽やかなイメージ。
ほら。平安時代の貴族のお姫様の服装って、えーっと……十二単、だっけ? あれ、十キロ以上あったんじゃなかったっけ?
それに比べたら、もっと軽そうってこと。
少なくとも、裾が長ーくて、ズリズリと引きずるタイプの着物ではない。
上半身は日本の着物っぽいけど、下は、スカートみたいなものをはいてるんだよね。
だからたぶん……この国の服装は、平安時代よりは、奈良時代に近い感じなのかな?
……って言っても、向こうの世界の日本史も、それほど詳しくはないから、なんとなーく、そんな気がするってだけなんだけど。
まあ、とにもかくにも。
今日から数日間、この萌黄ちゃんが、私の身の回りのお世話をしてくれることになったらしい。
こちらの世界に戻ってきてから、約一年ほど。
あちらの感覚がまだ抜けきれてない私からすると、こんな小さな子に働いてもらうのは、だいぶ気が引けるけど……。
でも、〝郷に入っては郷に従え〟って言うし。
これがこの国の常識なんだったら、受け入れないといけないんだよね……。
私は萌黄ちゃんに向かって、『これから数日間、よろしくね』と言って笑い掛け、片手を前に差し出した。