庭園散策のお誘い
イサークと先生との揉め事を、いい加減ウンザリしながら眺めていたところに、ようやく案内役の人が戻ってきた。
「お待たせしてしまいまして、申し訳ございません。帝より、お言葉を頂戴いたしましたので、お伝えいたします。『先ほどは、国主らしからぬ振る舞いをしてしまった。深く恥じ入っておる。許せ。とうに、呆れておるかもしれぬが。――それはそうと、リナリアとは、もうしばらく話をしたかった。暇があれば、再び会う機会を設けたいと思うておるが、応じてもらえるだろうか?』との、おおせでございました」
言い終わると、私に向かって軽く頭を下げてきたので、
「ええ、もちろんです! 私も、もっと紫黒帝とお話させていただきたかったですし! 昔のお母様のこととか、紫黒帝ご自身のことも、教えていただけたら嬉しいなって思ってます!」
思わず、前のめりで快諾してしまった。
紫黒帝とお話する機会なんて、次はいつになっちゃうかわからないもんね。
神結儀まで、もう三日しかないんだし。
それが終われば、すぐ帰国することになるんだろうから、早めに機会を作る気でいてくれるなんて、すごくありがたいよ。
案内人さんは、私の返答にホッとしたようにうなずいた。
その後、私達の前に進み出て、
「お部屋に戻ります前に、庭園をご案内いたしましょう。今の時季は、ちょうど藤の花が満開でございまして。きっと、気に入っていただけると思いますよ」
ちょっぴり自慢げにも見える、ニコニコ顔で告げる。
「わぁ……素敵! 是非とも拝見したいです!」
さっきまで、イサークと先生のいざこざのせいで、気分が下降気味だったせいだろう。庭園散策なんていう嬉しいお誘いに、一気に気分が高揚してしまった。
まあ、私の一番好きな花と言ったら、桜なんだけど。(やっぱり、思い入れが人一倍あるし)
藤の花も、それに負けないくらい大好きなんだよね。
ゆっくりお花見する機会なんて、ここのところまったくなかったから、本当にありがたいや。
私はウキウキして、カルガモ親子の子ガモのように、案内人さんの後ろをついて行く。
でも、それとは対照的に、イサークはイマイチ乗り気ではないみたい。ハァーと、大きなため息なんかついている。
「チッ。花なんかどーでもいーってーの。さっさと部屋に戻って、一休みしてーぜ」
「ちょ……っ! イサークってばっ。疲れてるのはわかるけど、せっかくご厚意で言ってくれてるんだし。それに、キレイな花でも見て、長旅で疲れ切った心を癒やしてもらいたいってゆー、案内人さんの心遣いでしょ? ここは素直に、『ありがとうございます』って言っとこーよ。ね?」
前を行く案内人さんに聞こえないよう、ヒソヒソ声で注意する。
すると、案内人さんはくるりと振り向き、
「いいえ。庭園を案内するようにおっしゃいましたのは、帝でございます。リナリア姫殿下が申されましたように、『美しい花で、疲れた心を癒やしてほしい』とおおせでございました。私としたことが、重要なことをお伝えし忘れておりましたね。誠に失礼いたしました」
そう言って、今度は深々と頭を下げた。
「あ……そうなんですか。紫黒帝が」
登場した時こそ、いきなり抱きついてきたりして、人懐っこい人なのかなと思ったけど。
お父様の話になったとたん、めっちゃ不機嫌になって、怒りながら出て行っちゃったから……実は、気難しい人だったり? なんて、ちょっと思い始めちゃってたんだよね。
……だけど。
自分の態度をすぐに反省して、詫びてきたり。
私達の癒しになるかと、庭園を案内するように言ってくれたりして――。
やっぱり紫黒帝って、すごく優しくて、気遣いのできる人なのかもしれない。
……だったらいいな。
遠縁ってことだから、そこまで近しい血縁者ではないのかもしれないけど。
それでも、お母様の弟ってことには変わりないんだもの。良い人であってくれた方が、私としては嬉しい。
それに……良い人なのかどうか、今の段階では、まだ断定できないけど。
お母様を懐かしんで、涙ぐんじゃうくらいだもの。少なくとも、お母様に対する想いだけは、本物だと思っていいよね?
お父様には……良い印象抱いてないみたいで、そこはちょこっと心配だなぁ。
う~ん……。
二人の間に、昔、何かあったのかな?
それとも、紫黒帝がお父様のことを、一方的に嫌ってるだけ?
『おのれクロヴィス! 姉上が病弱でいらっしゃることを知りながら、遠い異国に連れ去るなど……』
『あやつめがさらったりなどしなければ、姉上がみまかられることなどなかったやもしれぬのに……』
『朕はあの男を永久に許さぬ! 許してなるものか!』
紫黒帝が険しい顔つきで放ったセリフが、頭の中をぐるぐる巡る。
(あー……。たぶん、一方的に嫌ってるってゆーか、恨み持ってるんだろうな。お父様は紫黒帝について、特に悪くは言ってなかったし……。シスコンの弟が、お姉さん取られたみたいで、姉の結婚相手に嫉妬する……とか、そーゆー感じなのかもね)
ありきたりな仮説を導き出すと、私はうんうん、うんうんと、しつこいくらいにうなずいた。