犬猿の仲?
紫黒帝に『下がっていい』と言われてしまった私達は、それぞれ、あてがわれた部屋へ戻ることにした。
でも、通訳も兼ねている案内役の人が、紫黒帝の側近らしき人達に呼ばれ、
「申し訳ございません。しばし、お待ちいただけますか?」
とだけ告げて行ってしまったので、私達三人は、廊下で待機することになった。
仕方ない。彼が戻るまでの間、雑談でもしていようか――と先生とイサークを振り返ると、
「あーーーっ、肩凝ったぁ!……ったく。大人しくしてんのも楽じゃねーな。これだから嫌なんだ、お偉いさんと対面すんのはよぉ」
肩をぐるぐる回したり、首を左右にコキコキ鳴らしたりしながら、イサークがゲンナリした顔でボヤき始めた。
先生はと言うと。
わざとらしく大きなため息をつき、
「肩が凝る、というのは私も同意するが。紫黒帝より、むしろ、君といる方がよほど疲れる。どうしてなのだろうな?」
呆れたような顔つきで、ヒョイと肩をすくめる。
「はあっ? 紫黒帝より俺といる方が疲れるだぁ!? チ……ッ! っざけんなてめぇ! それはこっちのセリフだっ!」
即座に食って掛かろうとするイサークと先生の間に、私は慌てて割って入る。
「ちょ――っ、ちょっとちょっと二人とも! こんな遠い国まで来て、仲違いなんてしてる場合じゃないでしょ? 特にイサークは、この国の言葉を聞くことも話すこともできないんだから。この国の人達だって、イサークが何言ってるかなんてわからないだろうし……。そんな状態で大声出して騒いでたら、怖い人なんじゃないかって誤解されちゃうよ? 言葉が通じない分、なるべく穏やかにしてないと。顔つきだって、ほら! もっと柔らかくして、良い人に見えるように努力しなきゃ。ねっ?」
笑顔を作るのが苦手っぽいイサークのために、口角を上げる手助けをしてあげようと、彼の顔に指先を伸ばした拍子に、
「バ――っ! よせっ! 触るなっ!」
素早く両手を振り払われ、思いっきりにらまれてしまった。
「――ッ!……むぅ~……イッタいなぁ。笑顔を作る手伝いをしてあげようって思っただけでしょ? なにも、そんなに怒らなくても……」
「怒ってねーよッ! 怒ってねーけどっ。……あんま、他人にベタベタ触られんのは、好きじゃねーんだ」
ムスッとした顔つきで告げると、イサークはバツが悪そうにそっぽを向く。
「あ……。そっか。そーだよね。ごめん。ちょっと無神経だった」
考えてみれば私だって、好きでもない人にベタベタ触られたら、不快に感じるだろうし。
う~ん……ダメだな。
イサーク相手だと、向こうの世界での幼馴染、晃人といる時みたいな感覚になっちゃって……。
気が付くと、馴れ馴れしい態度取っちゃってるんだよなぁ。
イサークは、私よりも年上なんだもの。(年齢は訊いたことないけど、たぶん)
同級生といる時のノリでいちゃあ、ダメなんだよね。失礼ってもんだよね。
……ハァ。またやっちゃったなぁ……なんて思いながら。
私は素直に反省し、頭を下げた。
「おい、ちょ……っ! べつに、頭まで下げっことねーだろ。そこまで気にしてねーって!」
「……うん。でも……。やっぱりちょっと、馴れ馴れしかったかなぁって、自分でも思ったから……」
イサークとは、まだそこまで長い付き合いでもないんだし。
これからは、もう少し節度を持って接するようにしよう。
そう心に近い、私は小さくうなずいた。
その横で、先生が『フッ』と、小さく笑ったような気がして、反射的に振り返る。
「フ……。君達は確か、同い年ではないのだったな?」
「へ?……え、ええ」
(まさか……先生には、イサークと私が同い年に見えてたのかな?)
意外に思いながらうなずくと、『ったりめーだろ!』と、イサークが吐き出すように言った。
「私はこの前、十七になりました。それで、えぇ……っと……。イサークは確か――」
「二十二だ。今年で二十三」
「ええっ!? 今、二十二なの!?」
驚いて、思わずイサークを振り仰ぐ。
「ああ。……何だ? 何か文句あんのか?」
とたん、ギロリとにらまれてしまい、私は慌てて首を振った。
「うっ、ううんっ! べつに、文句なんかないけど――っ」
……そう。文句はない。
文句なんかあるはずもない、けど……。
見た目からして、年上だろうなとは思ってたよ?
でも、私より三つくらい上かとばかり……。
……そっか。
もっと上か。
今年で二十三ってことは、六つも上……。
へえ~……。
意外。ギルよりも年上なんだ?
へぇー……。
へえぇーー……。
「何だぁ!? 俺が二十二じゃ、おかしいってのかよ!?」
無意識のうちに、マジマジと見つめてしまっていたらしい。
私はハッとなって、再び大きく首を振った。
「うぅうんっ? おかしくないよっ? おかしくないけどっ」
「『けど』、なんだよ!? 言いてえことがあんならハッキリ言え!」
「ないないないっ! 言いたいことなんてないってば!……まあ、一瞬、ちょこーっとだけ、『ギルより年上なんだ?』……とは思ったけど……。きっと、ギルの方が実年齢より大人っぽく見える、ってだけなんだよね。……うん! 見た目だけなら、イサークの方がそのまんまって感じするよ!」
「『見た目だけなら』ぁ……? 見た目以外はそー見えねーってことかよ!?」
「えっ?……あ……。それは、その……」
「てめえ! 見事に口ごもってんじゃねーよ! やっぱ認めたってことか!?」
「えぇ~……? うぅ……ん。だから、あのぅ……」
さすがに『ハイ。そのとおりです』とは言えず。
私が返事に困っていると、
「フフっ。中身が年齢に伴っていない――と言いたいのだろう? 私も同感だ」
先生がまた、火に油を注ぐようなことを言ってしまい――……。
その場はしばらく、『何だとこのヤロー!?』『フン? 私は事実を言ったまでだが?』――なんて言葉の応酬が、延々と続いた。