鮮烈な拝謁
役人さんに案内された部屋には、すでに先生とイサークがいた。
二人は、部屋の奥に置かれた立派な椅子(玉座って呼ばれてるものかな?)の前で、大人しく正座していた。
正座しているところなんて初めて見たから、ちょっとビックリしたけど。
考えてみれば、これから会うのは、この国の一番偉い人なんだもんね。
足を投げ出して座ったり、ましてや、あぐらなんてかくわけには行かないか。
そう思ったら、急に緊張してきちゃって。
私はゴクリとつばを飲み込んだ後、なんとなくギクシャクしながら、先生とイサークの間に、腰を下ろそうとした。
すると、
「リナリア姫殿下! そちらではございません。こちらにお座りになってお待ちください」
焦った様子で呼び掛けられ、『えっ?』と思って顔を上げる。
見ると、二人と玉座(?)の間には、繊細な刺繍がほどこされた厚めの布が、絨毯みたいに敷かれていた。
横幅は結構あって、人が五人くらいは座れそうだ。
「え? 私だけ、そこに?」
先生とイサークは、念入りに磨かれていることがひと目で分かる、ツルツルピカピカの板の間に、直に座っている。
私だけ絨毯っぽい敷物の上なんて、なんだか申し訳ないなとためらっていたら、
「何をまごついている? 君はザックス王国の姫君なのだから、堂々としていたまえ。みっともなくうろたえるなど論外だ。常に王族としての誇りを忘れるなと、何度言ったらわかる?」
なんて、小声で先生に注意されてしまった。
すぐさま『すみません』と返し、私は指定されたところまで、しずしずと歩いて行く。
一瞬、肩から掛けたスカーフみたいな布は、膝の下にして座るのが正しいのか、膝の両脇にやって、踏まないようにして座るのが正しいのか。はたまた、膝の上にまとめるようにしておくのが正しいのか、迷ってしまったけど。
結局、膝の両脇にやって座ることにした。
紫黒帝からの贈り物だもの。シワなんか付けたくなかったしね。
この判断が間違っていたとしても、きっと、誰かが教えてくれるに違いない。
あー……。
これからあの椅子に、紫黒帝が座るんだよね?
最初の挨拶って、どんなふうにすればいいんだろ?
座ったまま、お辞儀すればいいのかな?
それとも、紫黒帝がこの部屋に入ってきたら、すぐに立ち上がって、深々と頭を下げればいいの?
……マズい。
そーゆーこと、事前に確認しとかなきゃいけなかったのかも……。
今更ながら、挨拶の仕方や、この国の作法を、誰からも教わっていないことに気付く。
蘇芳国がどういう国か――とかなら、国を出る前、先生から少しは教わったけど。
何せ、深く学ぶには時間が足りなかった。
両国の交流も、お母様がザックス王国に嫁いで以来、めっきり減ってしまったということだったし。
とにかく、蘇芳国のほとんどが未だ謎だらけで、教えられること自体が少ないんだそうだ。
……でも、考えてみるとおかしくない?
普通、異国の姫が嫁いできたってことなら、その国との交流が、もっと活発になったりするものじゃないの?
活発どころか、むしろ減った……って言うんだから、イマイチよくわからないのよね。
改めて思い返しながら、かすかに首をひねった時だった。
バン! という大きな音が響き、私はビクッとなって顔を上げた。
玉座の後方にある、装飾のほどこされた大きな引き戸が、いつの間にか開いていて。
左右に開かれた戸の中央に、大きく両手を広げた、豪華絢爛な服をまとった誰かが、厳しい顔つきで立っていた。
その誰かが紫黒帝だということは、すぐにわかったけど。
いささか荒っぽいと言えなくもない登場の仕方に、その場の全員が驚き呆れ、ポカンと口を開けて固まっていた。
紫黒帝(まだ名乗られていないから、断定はできないけど)は、厳しい顔つきを崩すことなく、私の方をじーっと見つめていると思ったら。
今度はものすごい勢いで、こちらに向かって突進(?)してきた。
(え――っ、えっ? なになになになにっ?)
獲物を捕らえようとしているかのような素早さで、一気に距離を詰められ、私は身動きひとつできなかった。
紫黒帝は腰をかがめ、私の肩をガシッとつかむと。
キスでもする気か? と誤解しそうになるほど顔を近付け、再びじーーーっと見つめてきた。
(え、えっ?……な、なにこれなにこれっ? どーしてこんな至近距離で、まじまじと見つめられちゃってるのっ?)
あまりにも予想外な紫黒帝の行動に、恐怖すら感じ掛けていた、次の瞬間。
「お……おぉぉ!……姉上! よかった、姉上だ! 姉上にこの上なく似ているぞ! 憎きクロヴィスではなく、常にお美しくお優しく、聡明でいらっしゃった姉上に生き写しだ!……ああ、よかった! これで心置きなく、おまえを愛でられるというもの!」
一方的にまくし立てると、紫黒帝は、私を胸にかき抱いた。
「ひゃ……っ!」
登場から、わずか数分で。
一応、叔父という立場である紫黒帝に、抱きすくめられてしまったわけだけど。
(えぇ……っと。これはつまり……歓迎されてる、ってことでいいんだよね……?)
タジタジしつつ、そんな感想を抱いた一方で。
紫黒帝が放った『憎きクロヴィス』という言葉が、どうしても引っ掛かってしまう。
それでも、訊ねたい気持ちを、どうにかこうにか押さえ付けて。
私は彼の腕から解放されるまで、引きつり笑いを浮かべながら、大人しく身を委ねていた。