表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/251

鮮烈な拝謁

 役人さんに案内された部屋には、すでに先生とイサークがいた。

 二人は、部屋の奥に置かれた立派な椅子(玉座って呼ばれてるものかな?)の前で、大人しく正座していた。


 正座しているところなんて初めて見たから、ちょっとビックリしたけど。

 考えてみれば、これから会うのは、この国の一番偉い人なんだもんね。

 足を投げ出して座ったり、ましてや、あぐらなんてかくわけには行かないか。


 そう思ったら、急に緊張してきちゃって。

 私はゴクリとつばを飲み込んだ後、なんとなくギクシャクしながら、先生とイサークの間に、腰を下ろそうとした。


 すると、


「リナリア姫殿下! そちらではございません。こちらにお座りになってお待ちください」


 焦った様子で呼び掛けられ、『えっ?』と思って顔を上げる。


 見ると、二人と玉座(?)の間には、繊細な刺繍がほどこされた厚めの布が、絨毯みたいに敷かれていた。

 横幅は結構あって、人が五人くらいは座れそうだ。


「え? 私だけ、そこに?」


 先生とイサークは、念入りに磨かれていることがひと目で分かる、ツルツルピカピカの板の間に、直に座っている。

 私だけ絨毯っぽい敷物の上なんて、なんだか申し訳ないなとためらっていたら、


「何をまごついている? 君はザックス王国の姫君なのだから、堂々としていたまえ。みっともなくうろたえるなど論外だ。常に王族としての誇りを忘れるなと、何度言ったらわかる?」


 なんて、小声で先生に注意されてしまった。

 すぐさま『すみません』と返し、私は指定されたところまで、しずしずと歩いて行く。


 一瞬、肩から掛けたスカーフみたいな布は、膝の下にして座るのが正しいのか、膝の両脇にやって、踏まないようにして座るのが正しいのか。はたまた、膝の上にまとめるようにしておくのが正しいのか、迷ってしまったけど。

 結局、膝の両脇にやって座ることにした。


 紫黒帝からの贈り物だもの。シワなんか付けたくなかったしね。

 この判断が間違っていたとしても、きっと、誰かが教えてくれるに違いない。



 あー……。

 これからあの椅子に、紫黒帝が座るんだよね?


 最初の挨拶って、どんなふうにすればいいんだろ?


 座ったまま、お辞儀すればいいのかな?

 それとも、紫黒帝がこの部屋に入ってきたら、すぐに立ち上がって、深々と頭を下げればいいの?



 ……マズい。


 そーゆーこと、事前に確認しとかなきゃいけなかったのかも……。



 今更ながら、挨拶の仕方や、この国の作法を、誰からも教わっていないことに気付く。


 蘇芳国がどういう国か――とかなら、国を出る前、先生から少しは教わったけど。


 何せ、深く学ぶには時間が足りなかった。

 両国の交流も、お母様がザックス王国に嫁いで以来、めっきり減ってしまったということだったし。


 とにかく、蘇芳国のほとんどが未だ謎だらけで、教えられること自体が少ないんだそうだ。



 ……でも、考えてみるとおかしくない?


 普通、異国の姫が嫁いできたってことなら、その国との交流が、もっと活発になったりするものじゃないの?

 活発どころか、むしろ減った……って言うんだから、イマイチよくわからないのよね。



 改めて思い返しながら、かすかに首をひねった時だった。

 バン! という大きな音が響き、私はビクッとなって顔を上げた。


 玉座の後方にある、装飾のほどこされた大きな引き戸が、いつの間にか開いていて。

 左右に開かれた戸の中央に、大きく両手を広げた、豪華絢爛ごうかけんらんな服をまとった()()が、厳しい顔つきで立っていた。


 その誰かが紫黒帝だということは、すぐにわかったけど。

 いささか荒っぽいと言えなくもない登場の仕方に、その場の全員が驚き呆れ、ポカンと口を開けて固まっていた。


 紫黒帝(まだ名乗られていないから、断定はできないけど)は、厳しい顔つきを崩すことなく、私の方をじーっと見つめていると思ったら。

 今度はものすごい勢いで、こちらに向かって突進(?)してきた。



(え――っ、えっ? なになになになにっ?)



 獲物を捕らえようとしているかのような素早さで、一気に距離を詰められ、私は身動きひとつできなかった。


 紫黒帝は腰をかがめ、私の肩をガシッとつかむと。

 キスでもする気か? と誤解しそうになるほど顔を近付け、再びじーーーっと見つめてきた。



(え、えっ?……な、なにこれなにこれっ? どーしてこんな至近距離で、まじまじと見つめられちゃってるのっ?)



 あまりにも予想外な紫黒帝の行動に、恐怖すら感じ掛けていた、次の瞬間。


「お……おぉぉ!……姉上! よかった、姉上だ! 姉上にこの上なく似ているぞ! 憎きクロヴィスではなく、常にお美しくお優しく、聡明でいらっしゃった姉上に生き写しだ!……ああ、よかった! これで心置きなく、おまえを愛でられるというもの!」


 一方的にまくし立てると、紫黒帝は、私を胸にかき抱いた。


「ひゃ……っ!」


 登場から、わずか数分で。

 一応、叔父という立場である紫黒帝に、抱きすくめられてしまったわけだけど。



(えぇ……っと。これはつまり……歓迎されてる、ってことでいいんだよね……?)



 タジタジしつつ、そんな感想を抱いた一方で。

 紫黒帝が放った『憎きクロヴィス』という言葉が、どうしても引っ掛かってしまう。


 それでも、訊ねたい気持ちを、どうにかこうにか押さえ付けて。

 私は彼の腕から解放されるまで、引きつり笑いを浮かべながら、大人しく身を委ねていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ