想定外の下船方法
大変長らくお待たせいたしました。
カクヨムと同時更新の準備が整いましたので、本日から連載を再開いたします。
ただし、誠に勝手ながら、こちらの都合(遅筆)により、更新は1日1話から2日に1話に変更となります。
ご迷惑おかけいたしますが、どうかご理解くださいませ。
ザックスの旅客船は、出港から1ヶ月ほど経った頃、蘇芳国に到着した。
……までは、よかったんだけど。
実は、大変なのはそこからだった。
蘇芳国には、大きな船を停泊させておけるような、立派な船着き場はないんだそうで。
下船するには、蘇芳国からの迎えである小さな舟に、はしごを使って降りて行かなければならないんだって。
それを聞いた瞬間、私はちょっと戸惑った。
べつに、はしごで降りるのが怖い――ってわけじゃない。
自慢じゃないけど、身体的能力は高めの方だし。
バランス感覚も悪くないはずだし、体幹だって、しっかりしてる方だと思う。
昔は木登りだってよくしたし、はしごを降りて行くくらい、どーってことないんだけど。
……でも。
でもね?
迎えの小舟に乗っていたのは、男の人達ばかりだったんだよね。
数人の男の人達が、この船の真下で、上向いてボーッと(かどうかわわからないけど)突っ立ってるの。
……マズいじゃない?
どー考えたってマズいでしょ!
だって……だって……。
ほんのちょっとの風でまくれ上がってしまうような、Aライン風のドレスから、もう少しタイトな、蘇芳国風のドレスに着替え終わってはいるものの。
それでも、下から思いっきり強風が吹いてきたりなんかしたら、やっぱり、裾がまくれ上がっちゃうかもしれない!
……私も一応、一国の姫なんだし。
そんな醜態を、大勢の男性達の前で、さらすわけには行かないじゃない?
うぅ……、でも……。
他に下船する方法はない、わけだし……。
ここは覚悟を決めて、降りて行くしかない……のか、な……?
なんてことを考えながら、しばらく沈黙していた私の前に、雪緋さんが進み出て、
「リナリア姫様。これから、しばし無礼を働きますこと、どうかお許しください」
と言ったかと思うと、私を素早く抱きかかえ、『ハッ!』という掛け声と共に、船の手すりの上に飛び乗った。
「えっ?……えええッ!?」
突然お姫様抱っこされ、おまけに、船の手すりなんていう不安定なところに飛び乗られ。
私は心底ビックリして、雪緋さんをまじまじと見つめてしまった。
手すりの近くでは、イサークが大声でわめいていて……。
でも、何を言っているかはわからなかった。
――っていうか。
雪緋さんの行動に驚きすぎて、そっちまで気にしている余裕はなかった……っていうのが、正直なところなんだけど。
雪緋さんは私と目が合うと、フッと口元をほころばせた。(相変わらず、目は前髪に隠れていて見えないから、口元で感情を読むしかないのが、ちょっとやっかい)
「この先は、少々、衝撃を受ける可能性がございます。お怪我なさることがございませんように、強く歯を食いしばっていていただけますか? それから、しっかりと私につかまっていてください」
「えっ?……え、なに? どーゆーこと、雪緋さん? これから、どーするつもりなの? そんな大きな体で、こんな細いとこ乗っちゃって……。だ、大丈夫なの? 海に落ちちゃったりしない?」
慌てて訊ねる私に、彼は再び笑い掛ける。
「こう見えましても、身は軽い方なのです。どうかご安心ください」
「ご、ご安心くださいって……。じゃあ、雪緋さん。もしかして……?」
「大切な国賓であらせられます姫様を、海に落としてしまうような失態を演じましたら、私は即座に死罪です。絶対に、そのような愚かなことはいたしません。……リナリア姫様。今一度お願いいたします。強く歯を食いしばり、私にしっかりとつかまっていてください」
「……え、と……。わ、わかった。雪緋さんに従います!」
私は雪緋さんにお願いされたとおり、強く歯を食いしばり、おまけにギュッと目をつむって、彼の首元に抱きついた。
彼は『一、二――』とつぶやいた後、大きな声で『三――っ!』という掛け声を上げた。
次の瞬間。
エレベーターが降下した時のような浮遊感に、いっときゾワッとなり、私は大きく目を見開いた。
「…………え?」
恐る恐る顔を上げ、周囲を見回す。
そこには、ギョッとした表情のまま固まっている、蘇芳国の役人さん数人と、船頭さんっぽい人がいた。
「え……?」
更に顔を上げ、雪緋さんの肩越しから、上方へと目をやると。
「おいっ、てめえ!――雪緋! いきなり何してくれてんだッ!? 姫さんに何かあったら、こっちだってタダじゃ済まねーんだぞ!?」
ギャーギャー文句を言いながら、はしごを降りてくるイサークが見えた。
更に上に目を移すと、手すりから少しだけ顔を出し、こちらをじっと見下ろしている、先生の姿が……。
「え……ええええッ!? 雪緋さん、あの一瞬で……。私を抱きかかえたまま、あの大きな船の手すりから、この小さな舟に飛び降りちゃったの!?……えっ、ホントに?」
雪緋さんが手すりに飛び乗った時よりも、更に、更に驚いて。
私は彼の顔と大きな船とを、何度も何度も見比べた。
彼は腕の中から迎えの小舟へと、私をそっと下ろした後、
「はい。リナリア姫様に、そのお姿のままはしごを降りていただきますのは、忍びない気がいたしましたので……。出過ぎた真似をいたしまして、大変失礼いたしました」
そう言って、深々と頭を下げた。
「ううん! ううんっ! 全っ然、出過ぎたマネでも、失礼でもなかったよ!? この服のまま、どーやってはしごを降りたらいいんだろーって、困ってたのは確かだし!……でも、すごいね! あれだけ高いとこから飛び降りたのに、衝撃なんて少しも感じなかった! 船だって全然揺れてないし、波だって掛かってないし! 普通、あんなに高いとこから飛び降りたら、すっごい衝撃感じるはずだよね!? しかも、飛び降りた先は、こんなに小さな舟だし! 思いっきり揺れまくって、波がバッシャンバッシャンって入り込んで、転覆しててもおかしくなかったと思うのに! すごいねすごいね! 身軽にもほどがあるって感じだよ! 雪緋さんって、ホントにすごいっ!」
興奮して褒めまくると、雪緋さんは照れくさそうに体を縮こめ、僅かに首を横に振った。
すると、はしごからこの船へと、ようやく移ってきたらしいイサークが、
「テメーなぁ!? そーゆーつもりならそーゆーつもりだって、最初に説明してけよなッ! ついでに、でけえ図体のわりにゃあ、すっげー身軽だってこともだ! いきなり姫さん抱えて飛び降りられたら、たまげんだろーが!……おいっ、わかったか!? わかったら返事しやがれっ、この大バカヤローめッ!」
真っ赤な顔をして怒りながら、雪緋さんの背をバシバシ叩いた。
お読みくださりありがとうございました。
やや男性向けの作品(ラブコメ?)の構想も、少しずつ練っております都合上、前書きでお伝えしましたとおり、これからは1日置きの更新となります。
第4章からは、新キャラクターも続々と登場いたしますので、引き続きお読みいただけますと嬉しいです。
どうかよろしくお願いいたします。