船旅最終日-蘇芳国到着
挙動不審なイサークは、私の泊まっていた客室とデッキとを二往復して、荷物を全て運んでくれた。
その間にも、さっき言い掛けた言葉の意味が知りたくて、話し掛けてみたんだけど。
そのたびに、ごまかしたり話をそらしたりで、教えてくれなかった。
スッキリしない気持ちのまま、デッキに出た私はというと。
すでに、自分の荷物を置いて待機していた、先生と雪緋さんに、まずは朝の挨拶をした。
でも、はやる気持ちを抑え切れず、
「蘇芳国に着くってことは、もう見えてるんですよね? 船首に行けば見えますよね? ちょっと見て来ていいですかっ?」
いつもの数倍早口になって、先生に訊ねると。
「ああ、そうだな。それでは私も行くとしよう」
先生にしては珍しく、私同様早口で応じ、荷物(大きなトランクみたいなバッグ)を掴んで、船首の方へスタスタと歩き出した。
うわっ、何っ? 何なのあれ?
なんだか、めっちゃ早歩きになってるんですけど!
……まったく、先生ったら。私以上に興奮してる。
よっぽど、蘇芳国に憧れてたんだろうなぁ……。
急に少年の頃に戻ってしまったかような、落ち着きのない先生を、微笑ましく思いながら。
慌てて後を追おうとすると、雪緋さんに呼び止められた。
「えっ?――どうかしたの、雪緋さん?」
足を止めて振り向く私に、ゆっくり近付いてきた雪緋さんは。
恥ずかしそうにモジモジし、
「あの……これを……」
小声で言いながら、両手のひらを上にした状態で、私の眼前に差し出した。
彼の手のひらには、細くて綺麗な、藤色の組紐が載せられていた。
「わあ……! すごく綺麗だね。この組紐、雪緋さんの?」
見上げて訊ねると、彼は無言でうなずいて。
「でも、あの……。こ、これは……リナリア姫様に……」
「えっ、私に?」
驚いて首をかしげると、彼は口元をほころばせながら、再び無言でうなずいた。
それから言いにくそうに、
「あの……。それで、ええと……。す、少しの間だけ、お……お、御髪に、触れさせていただいても、よろしいでしょうか?」
またも小声で訊いて来たので、私はいいよと即答した。
雪緋さん以外の人に、『髪に触れてもいいか?』なんて突然言われたら、警戒してしまっていただろうけど。
彼なら、絶対変なことなんてしないだろうと、自然に思えたから。
お礼の言葉を告げた後、雪緋さんは私の横髪を少しだけすくい、今見せてくれた組紐で、丁寧に結び始めた。
「……よかった。とてもお似合いです」
結び終わった雪緋さんは、満足げに優しい笑みを浮かべる。
私は片手を頭にやり、髪の状態を確認すると、
「ありがとう、雪緋さん! このドレスに合う髪飾り、ないかな~って思ってたところだったから、とっても嬉しい!」
素直にお礼を言い、ニコリと笑った。
彼は恥ずかしそうにうつむき、
「い、いえ、そんな……。そこまで、喜んでいただけるほどのものでは……ございません、ので……」
モゴモゴ言ってから、『で、では。私は、オルブライト様のご様子を窺ってまいります』と、疾風のごときスピードで、先生の向かった方へ歩いて行ってしまった。
あんな大きな体で、あそこまで素早く、軽やかに動けるなんて……ホントすごいなぁ。
さっすが、ウサギさんって感じ。
しみじみと感心しつつ、思わずクスリと笑ってしまったら、
「……クショ。先越されちまった」
なんて声が聞こえて来て、反射的に振り向くと、見事にイサークと目が合った。
「イサーク? 『先越された』って、何のこと?」
「な――っ!……な、なんでもねーよ! いちいち揚げ足取んな!」
彼は真っ赤になって私をにらみ、そっぽを向いて腕を組む。
「なによ、また教えてくれないの?……やっぱり、ちょっと前から変だよ、イサークってば」
言い掛けたことを教えてくれなかったり、ごまかしたり、話をそらしたり……。
しょっちゅう、挙動不審にもなるし。
ホントにもう!
いったい、どーしちゃったってゆーのよ?
「変じゃねーよッ!! 俺はべつに、変なんかじゃねえ!!」
大声で否定した彼は、自分と私の荷物を両手に抱え、わざと足音を立てて歩き出す。
そして途中で振り返り、
「おらっ。モタモタしねーで、さっさと行くぞ! 蘇芳国を見てーんだろ!?」
乱暴に言い放って、再び前を向き、怒ったように先を行く。
彼もザックス王国の騎士だ。(まだ見習いだけど)
蘇芳国に着いたら、ちゃんとした格好をしていなければいけない。
だから今日の彼は、騎士っぽく見える服を、一応、着てはいるんだけど……。
普通にしていれば、それなりに凛々しく、かっこよく見えるのに。
動作がガサツだから、イマイチ決まらないんだよね。
(……でも、その方がイサークらしいか)
彼が聞いたら、『どーゆー意味だよ!』って、怒り出しそうなことを思いながら。
私も負けじと早足で、彼の後を追った。
「遅いッ!! 何をのんびりしていた!?」
船首に着いたとたん、いきなり先生に叱られた。
私は慌てて頭を下げ、
「す、すみませんっ。ちょっと、いろいろありまして……」
ゴニョゴニョと言い訳し、先生の顔色を窺う。
先生は、イラ立ったように私を一瞥し、前を向くと、
「まあ、いい。――それより、あれを見たまえ」
そう告げて、海の向こうを指差した。
指先が示す方向へと視線を投げた私は、思わず『あっ』と声を上げる。
船の前方に、大きな島が見えた。
濃い緑に包まれた、とても大きな島が。
「あれが……。あれが、蘇芳国――」
つぶやく私に、先生と雪緋さんが、うなずきで答える。
蘇芳国。
お母様の生まれた国。
そして、私の叔父様が統治している国。
……ああ、どんな国なんだろう?
可愛い動物、たくさんいるかな?
食べ物も、美味しいものばっかりだったらいいなぁ……。
――なんて、お気楽なことを考えながら。
大きな期待と、ちょっぴり不安の入り混じった気持ちで、私は蘇芳国を見つめていた。
蘇芳国で待ち受けている運命のいたずらに、その時はまだ、気付くことさえ出来ずに……。
ここまでが第3章です。
……が、続きはもう少々お待ちください。
カクヨムさんの方では、【赤と黒の輪舞曲】の公開が、全て完了いたしましたので。
【藤と翡翠の恋詠】も、ここまで公開が完了しましたら、その後は同時連載ということで、改めて続きを公開して行きます。(あちらでの公開が完了するのは、4月の半ば頃の予定です)
誠に勝手ではございますが、どうかご了承くださいませ。