表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/251

船旅最終日-蘇芳国到着直前

「着いた!? 着いたって、蘇芳国に!?」


 その日の早朝。

 いつもより少し早い時刻に、イサークがドアをノックして、船の到着を知らせてくれた。


「聞き間違えてんじゃねーよ。もうちょいで着くらしい、って言ったんだ。確か、あと数十分ほどは掛かんじゃねーかって話だったが……。ま、下船の準備くれーは、今からしといた方がいーんじゃねーか?」


「そ、そっか。……うん、わかった! なるべく早く準備するから、ちょっと待ってて!?」


 私は慌てて回れ右して、チェストからタオルと着替えを取り出し、バスルームへと駆け込んだ。


 明日中には着くらしいと、前日に聞かされていたから、下船の準備はほとんど済んでいる。

 でも、どうやら蘇芳国には、普通のお風呂みたいなものは、まだ存在していないらしくて……。


 それぞれの国の事情なんだから、仕方ないとは思うけど。

 何日もお風呂に入れない状態が続くなんて、私には絶対耐えられない!

 次、いつ入れるかわからないのなら、せめて、今入っておかなきゃ――って考えに達するのは、当然の流れでしょ!


 私は素早くネグリジェを脱ぎ捨て、気合を入れてシャワーの蛇口をひねった。




 シャワーを浴びた後、用意して来たドレスに、袖を通そうとしていた私は。

 ふと思い立ち、紫黒帝から贈られたドレスに、着替え直すことに決めた。


 これは『神結儀』用のドレスだってことは、わかっていたんだけど。

 紫黒帝に、『とっても気に入りました。ありがとうございます』ってことを、何より先に伝えたかった。


 だったら、直接着てしまった方が、より気持ちが伝わりやすいんじゃない? って思ったんだ。


 着方は、事前に雪緋さんから、口頭で教わっていた。

 難しかったらどうしようと心配だったけど、日本の着物を着付ける時より、よほど簡単だった。


 ただ、困ったのは髪型。

 この服に合う、和風の髪飾りなんて持ってないし、髪結いの仕方までは教わっていない。


 いつも髪なんて結ってないから、このままでいいかなとも思ったんだけど。

 和風のドレスには、結った髪型の方が、合うような気がするんだよね。



「う~ん……。でも、無理なものは無理なんだから、諦めるしかないか」


 つぶやいた後、私は部屋を見回して、忘れ物がないことを確認すると、ドアを大きく開け放った。


「お待たせ、イサーク! 準備完了したよ!」


 外で待機していてくれたはずのイサークに、そう声を掛けると。

 彼はビックリしたように目を見張り、私を凝視したまま固まってしまった。



 ……あれ?

 ドア開けるの、いきなり過ぎたかな?

 開ける前に、一声掛けるべきだった?



 ピクリとも動かないイサークに、私は焦って呼び掛けた。


「ごめんね! 突然ドア開けたから、ビックリしちゃった?」


 彼は微動だにせず、瞬きすら忘れたように、食い入るように私を見つめている。


「イサーク?……あの……大丈夫?」


 心配になって、彼の上着の裾をつまみ、ツンツンと引っ張ってみた。

 瞬間、彼の体はビクッと揺れて。

 二回ほど瞬きした後、今初めて、私の存在を認識したかのように、


「あ――。ひ、姫さん……か?」


 少し首をひねりながら、自信なさげにつぶやいた。


「どーしたの? 急にドア開けたから、ビックリさせちゃったのかと思ったけど……。でも、さっきまでの様子だと、驚いたのはそこ……って感じでもなかったよね?」


「え……?……あ、ああ、まあ……な。ドアに驚いたってワケじゃねえよ」

「――だよね? だったら、何に驚いてたの?」


「う――っ!……い、いやっ。そりゃ、だから――っ」

「うん。だから?」


 訊ねる私から目をそらし、イサークは落ち着かない様子で、視線をあちこちさまよわせている。


「……あんたが、その……」

「え、私が?」


「あ、あんたが……だからっ、すげえき――っ」

「……すげえき?」


 彼の口から発せられた言葉に、思わずキョトンとなる。



 いったい、どんな意味なんだろう?

 『すげえき』なんて言葉、初めて聞いたけど……。



 首をかしげる私に気付き、彼はハッとしたように片手で口元を覆うと、私をチラッと盗み見た。


「そっ、そんなことより! 荷造りはとっくに済んでんだろっ? 乗船の時も、俺とウサ――っ、雪緋が持たされたんだから、下船の時だって、とーぜん俺らが持たされんだよな?……おらっ。持ってやるから、とっとと荷物をよこしやがれ! どこにあんだ!?」


 早口でまくしたてながら、イサークは私の横をすり抜け、部屋に入って来た。

 キョロキョロと周囲を見回しつつ、『早く渡せ』と急かすかのように、両手を私に向かって差し出す。


「荷物なら、ドアの横にあるけど……。でも、ねえ? 『すげえき』って何? 私が『すげえき』って、どーゆーこと?」


「――っ!……な、なんでもねーよっ! んなことより、荷物だ荷物!……っと、これだなっ?」


 イサークは私の荷物(ちなみに、スーツケース三つ分くらいの量)を軽々と持ち上げ、右肩に担ぎ上げると、


「よーっし! まずはデッキに運ぶとすっかー! おーら! どんどん運ぶぞーっ!」


 大声を張り上げながら、ものすごいスピードで、デッキ目指して歩いて行ってしまった。


「えっ?――ちょ、ちょっとイサークっ?」


 その場に取り残され、彼の後姿を、呆然と見つめることしか出来なかった私は。

 その背すら見えなくなってから、


「……もう! なんなのよ、いったい?」


 ムッとしながらつぶやき、口をへの字にして腕を組んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ