船旅二十七日目-誕生日
「先生っ、今日が私の誕生日って、どーゆーことですかっ!?」
先生の泊まっている船室まで、雪緋さんに案内してもらった私は。
ノック後、返事も待たずにドアを開け、先生に冒頭の質問をぶつけた。
先生の部屋は小さめではあったけど、綺麗に整頓された、過ごしやすそうなシンプルな部屋だった。
先生は、ベッド脇のこじんまりしたテーブルの前で、やっぱりこじんまりした椅子に座り。
上品なティーセット一式をテーブル上に並べ、優雅にお茶を飲んでいるところだった。
「なんだ? 返事も待たずにドアを開けるなど、一国の姫のすることとは思えんな。行儀作法すら、まともに身につけていないとは。いよいよ我が国も、終焉を迎える時が来たか」
ティーカップを持ったままギロリと睨まれ、私は縮み上がった。
「すっ、すみません! おくつろぎのところ、失礼しましたっ」
慌てて謝りはしたものの。
答えが早く知りたくて、怒られるのを覚悟の上で、私はもう一度、同じ質問を繰り返す。
「でも、あの――っ、今日が私の誕生日って、どーゆーことなんですかっ?」
「『どーゆーこと』? 『どーゆーこと』とは、どういう意味だ?」
「えっ?……え、えっと……どーゆー意味って、あの……?」
質問を質問で返され、私はまごついて先生を見返した。
先生は、耳に届くくらいの大きなため息をついてから、呆れ顔をこちらに向ける。
「まさかとは思うが。君は、己の誕生日すら記憶していないのではあるまいな? 今日が何月何日か、忘れているのであれば教えてやろう。今日は四月十日。つまり、君の誕生日だ」
「……へっ?」
先生の勘違いか何かじゃないかと、一応、確かめに来てみたけど。
どうやら、そうではなかったらしい。
キッパリと言い切った先生を前に、私は心底驚いて、
「えぇえっ!? 私の誕生日も、四月十日ぁっ!?」
思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。
「……『私の誕生日も』? 君以外にも、今日が誕生日だという知り合いがいるのか?」
「え?……あっ、いえ! この世界にはいません!」
「……『この世界には』?」
「あぁっ‼――い、いえいえっ! なんでもないです、なんでもっ!」
「…………」
シラケたような顔で私を凝視し、先生は沈黙してしまった。
……無理もない。
でも、桜さんのことをいきなり話したら、先生だって混乱するだろうし。
今日が自分の誕生日だなんて、本当に知らなかったんだもの。
偶然の一致にもほどがあると、ちょっと怖い気もするくらい驚いていたから……この時ばかりは、先生にどう思われるかなんて、気にする余裕はなかった。
……ビックリした。
ほんっとに、息が止まるくらい、ビックリしちゃった。
確かに、向こうの世界での私の誕生日は、四月十日だったんだけど。
それはあくまで、桜さんの誕生日。
私はきっと、違う日なんだろうなって思ってたから……。
なのに、私の誕生日も同じ日だったなんて。
顔もそっくりで、歳も一緒で、誕生日まで一緒って……。
なんだか出来過ぎてて、怖いくらいだよ。
桜さんって、実際にお会いしたことはないけど、やっぱり、シンパシー感じちゃうなぁ。
この先、会えることなんて絶対ない(神様の力がまた強くなれば、可能性はあるかな?)とは思うけど、いつか会えたら素敵だよね。
……まあ、桜さんもそう思ってくれるかどうかは、わからないけど。
久し振りに桜さんのことを考えていたせいか、神様のことも思い出してしまい。
私は少し、感傷的になってしまった。
寂しがり屋の神様は、無事に、桜さんとの再会を果たせたんだろうか?
会えたとしたら、桜さんとの恋の行方は……?
「深刻な顔で黙り込んだと思ったら、今度は薄笑いか?……まったく。何を考えれば、そこまで締まりのない顔つきになれるのだろうな?」
完全に呆れ切ったような声が耳に入り、私はハッとして先生に向き直った。
「す、すみません! 懐かしい人達のことを思い出してたら、つい――」
「まあ、君の注意力が散漫なのは、いつものことだからな。今更、どうとも思わんが」
「ぅぐ……っ」
(先生、それはちょっと、言い過ぎなんじゃないですか?)
思いっきり反論したかったけど。
我ながら、納得するしかないような例が、瞬時に幾つも浮かんで来てしまったから、涙をのんで諦めた。
一人悔しがる私に、
「とにかく、そういうわけだ。蘇芳国の使者殿も、君に渡したい物があるそうだし、私も、陛下からお預かりしている物がある。夕食後にまとめて渡す予定になっているから、楽しみにしていたまえ」
先生は、何事もなかったかのような涼しい顔で告げて来て、私はまたしても、ポカンとしてしまった。
「雪緋さんが、私に渡したい物? 先生も、お父様から何か預かってる物が……って、何を預かったんですか?」
「だから、まとめて夕食後に渡すと言っただろう。それまで大人しく待っていることだ」
「は、はあ……」
(そんなにもったいぶらなくてもいいのに)
一瞬、思ったけど。
ゴチャゴチャ言ったりすると、また叱られてしまうと思った私は、適当に返事をして、先生の部屋を後にした。




