船旅二十七日目-気まずい沈黙
航海は、すごく順調らしい。
天候が大きく崩れることもなく、船内で問題が起こることもなかった。
……まあ、個人的な問題ということなら、イサークの告白とか、雪緋さんの変身とか、いろいろあったけど。
とにかく、この調子で行けば、通常より数日早く、蘇芳国に着けるということだった。
雪緋さんがザックスに向かう途中(ちなみに、雪緋さんが乗ってきたのは自国の船で、かなり小さいとか)では、何度か海が大荒れして、転覆しそうになったそうだから、彼らに比べたら、私達はかなりツイてるんだろう。
――とは言え。
残り十日ほどは掛かるって話だし、今までツイてたとしても、これから先もそうとは限らない。
まだまだ、気が抜けない状態が続きそうだ。
平和ボケなんかしてないで、しっかり気を引き締めなきゃ。
そんなことを思いながら、デッキで大海原を見つめていた時だった。
背後に人の気配がし、慌てて振り返ると、呆れ顔のイサークが立っていた。
「あんたなぁ……。自分の立場、ホントにわかってんのか? 一応、それなりに有名な国の姫なんだろ? 一人でちょこまか動き回んなよ。いきなり姿見えなくなったら、焦んだろーが」
相変わらず、ブツクサと文句を言ってくる彼を、ボーッと見上げる。
(この人、元々こーゆー顔なのかな? それとも、ホントに毎日、つまらないって思ってるから、こんな顔になっちゃうのかな?)
ふと疑問が浮かび、少し迷ったけど、率直に訊いてみた。
「イサークって、いっつもつまらなそうな顔してるよね。それって、生まれつき?」
「――はあ!?」
彼は眉間にシワを寄せ、更に険しい顔つきになった。
「こんな顔にさせてんのはあんただろーが! あんたがもーちっと大人しくしてくれてたら、俺だってこんな顔せずに済んでんだよ!」
「そーなの? 私が大人しくしてたら、もっと楽しそうな顔見せてくれる? つまらなそうな顔、しない?」
イサークの両腕をつかんで詰め寄ると、彼はウッと声を上げて後ずさる。
それから、思いっきり顔を反らせながら、真っ赤な顔で叫んだ。
「は、離せって! 近ぇよ!……近えっつってんだろーがッ‼」
声の大きさにビックリして、私は両手を離し、慌てて数歩後退した。
「ごっ、ごめん!」
「――あ、いやっ!……俺こそ、大声出してすまねえ」
「ううん。私が最初に驚かせちゃったから。イサークが謝ることないよ」
「…………」
気まずい沈黙が流れる。
どうすればいいかわからなくて、私は胸元に手を置いてうつむいた。
イサークも、私から視線をそらせるように、遠い海を見つめているみたいだった。
怒らせちゃったのかな?
今は、成り行きで護衛ってことになっちゃってるけど……。
イサークが将来仕えようと思ってるのは、私じゃなく、ギルなんだもんね。
だから、あんまり馴れ馴れしくするなって……?
つまりは、そーゆーことが言いたいのかな?
……そーだよね。
ちょっと、調子に乗り過ぎちゃってたよね……。
彼といると、向こうの世界での幼なじみ――晃人といる時みたいに、居心地よかったから。
つい、馴れ馴れしい感じになっちゃってたのかも。
口も態度も悪いけど、ホントはすごくいい人なんだって、わかっちゃったから。
よけい安心して……図々しい態度、取っちゃってたのかも知れない。
彼からしたら、世間知らずのワガママ姫に、無理やり付き合わされてる、って感覚なんだろうな……。
いろいろと考えていたら、自分の無神経さに気が付いてしまった。
恥ずかしいやら情けないやらで、顔が上げられなくなる。
イサークも、さっきからずっと黙ったままだ。
私はすっかり途方に暮れて、ひたすら黙り込むことしか、出来なくなっていた。
するとそこに、救いの神が現れる。
「リナリア姫様!」
「えっ?……あ。雪緋さん」
顔を上げると、雪緋さんが、足早にこちらに向かって来るのが見えた。
相も変わらず、大きな体を縮こめるようにして。
その足の長さからは想像出来ないくらいの、小さな歩幅で。
「どーしたの? なんだか、すごく嬉しそうに見えるけど……。いいことでもあった?」
「はい!……あ、いえ。良いことと申しますか、本日が、とても良い日だということを、オルブライト様に、先ほど教えていただきまして!」
雪緋さんは珍しく声を弾ませ、口元をほころばせた。
「先生に? え、と……先生に、何を教えてもらったの?」
「はい! あの……本日が、リナリア姫様のご生誕記念日だということを、教えていただきました!」
更に上機嫌で、声を張り上げる雪緋さんを、私はポカンとした顔で見上げた。
……え?
今、雪緋さん……なんて言った?
……えっと、たぶん……『リナリア姫様のご生誕』が、どーのこーのって……。
ご生誕、って……?
えっと……えーっと……。
「え……えぇええーーーーーッ!? 私のっ、私の誕生日ぃいいいッ!?」
ものすごくビックリして。
私は思わず、デッキに響き渡るくらいの大声を上げてしまった。