哀願
セバスチャンもシリルも、他の場所で待機って……いったい、どこ行っちゃったんだろ?
二人が走って行った方って、城とは逆方向だけど……。
そんなことを思いながら、セバスチャン達を見送ってたら。
ふいに、後ろから抱き締められた。
私はギョッとしながら、振り向きざまにギルを見上げる。
「ちょっ!? ちょっと、ギルっ!?」
慌てて逃れようともがいたけど、私の力じゃ、彼の腕は振りほどけない。
私は抗議の意味を込め、思い切り彼をにらみつけた。
「もうっ! またそーやって、人の気持ちも考えず、勝手なことしてっ!……離してっ! 離してくださいってばッ!」
「嫌だ! 離さない!……ふた月以上我慢したんだ。これ以上は無理だよ」
「なっ、なに言って――」
「リア。君は私に会えない間、平気だったのかい? ほんの少しも、寂しいと思ったことはなかった?」
「――っ!……それ、は……」
とっさに言葉を返すことが出来ず、私は顔を正面に戻して口をつぐんだ。
だって、『寂しい』って感じちゃってたのは、事実だったから。
ギルが、何も告げずに帰ってしまった時――。
『寂しい』って――『会いたい』って思ってしまったのは、本当のことだったから。
そのせいで、
『あなたはギルフォード様を愛し始めている!』
なんて、カイルに誤解されちゃったんだもんね……。
「答えに詰まるということは、やはり君だって、私に会えない間、寂しいと感じてくれていたんだろう? 会いたいと、思ってくれていたのではないのかい?」
まるで、心でも読んでるみたいに。
ギルは、私が胸に閉じ込めていた想いを口にする。
言いたくても、言っちゃいけないって思ってたことを……容赦なくさらしてしまう。
でも……。
でもそれは、自分の気持ちが、完全に定まってなかった時のことだ。
カイルが好きだって、気付いてしまう前までのこと。
私が今、ホントに会いたいのは……。
一番会いたいのは、ギルじゃなく……。
「リア」
耳元でささやいて、ギルは私の頬にキスをする。
瞬間、私は身をよじり、
「やめてッ!! お願いだから、もうこんなことしないで!」
いやいやをするように、大きく首を横に振った。
「……リア」
頭上で、彼が息をのむのがわかった。
ショックを受けてるのが、背中から伝わって来て……彼に申し訳なくて、振り向くことが出来なかった。
辛いけど……。
でも、ちゃんと伝えなきゃいけない。
私はギルじゃなくて、カイルを――……。
「気持ちは……定まってしまったんだね。私ではなく、カイルに」
自分から告げる前に、ギルの口からそんな言葉がこぼれて――。
今度は、私が息をのむ番だった。
「……そうなんだね。君は選んだ。選んでしまった。私ではなく、カイルを――」
抑揚の感じられない、小さな声だったけど。
大きな声でなじられるより、よほど堪えた。
私はギュッと目をつむり、ためらいながらも小さくうなずいた。
「リア……!」
彼の腕が、更に強く体を締め付け、名を呼ぶ声が、耳元で切なく響く。
「こんな結末を見なければならないくらいなら……やはりあの時、君をさらっておくべきだった! 気持ちが定まらぬうちに、無理矢理にでも君をさらって、私の国に閉じ込めておくべきだった! そう出来ていたなら、こんなことには――っ、……こうも易々と、他の男に奪われることはなかったろうに!!」
彼の激白は、まるで悲鳴のようだった。
震える声は、どこまでも苦しげで、痛々しくて……。
思わず、耳をふさぎたくなった。
……傷付けたかったワケじゃないのに。
こんな風に、辛い思いをさせたかったワケじゃないのに!
なのに……。
なのに、結局私は……。
「ギル……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさ――」
「嫌だッ!!」
鋭く発せられたギルの声が、私の言葉をさえぎった。
「……嫌だ……。嫌だ嫌だ嫌だッ!! 君を失うなんて! 君が永遠に、私の元からいなくなるなんて……。そんなのは嫌だッ!! 私には耐えられない!!」
「きゃ――っ!?」
後ろからの拘束が解かれたとたん、彼に両肩をつかまれて、木の幹に押し付けられた。
背中に、鈍い痛みが走る。
顔をゆがめて見上げると、彼は真っ青な顔をして、悲しい瞳で、じっと私を見下ろしていた。
「リア……。お願いだ。考え直してくれないか……? カイルではなく、私を選ぶと。私の恋人になると。……頼む。頼むからそう言ってくれ!」
今にも泣き出しそうな顔で。震える声で。
彼は切なく懇願する。
私が答えられずにいると、そっと私の頬に触れ、
「リア……君でなければダメなんだ。君以外考えられない。君がいてくれないと私は――!」
苦痛にゆがむ表情を隠すように、私の肩に額を当てる。
「私は……。私は、もう……」
普段の彼からは想像出来ないくらい、頼りなく、心細げな声だった。
微かに、背中が震えている。
私は堪らずにうつむいて、キツく両目を閉じた。
彼のこんな姿を、見ることになるなんて……。
私は……私はなんてことを――!!
……いっそ、ギルのことが嫌いになれればよかったのに。
嫌いじゃないから……。
今だって、大好きなままだから。
こんなにも……こんなにも胸が痛い。
いつしか、私の目には涙が溢れてきていたけど、一粒もこぼすまいと、必死に唇をかみ締めた。
だって、こんなの卑怯だ。
悲しませてるのは私で。
辛いのは、ギルの方なのに。
なのに、私が泣いちゃったら……私が、彼を責めてるみたいじゃない。
私の方が、ひどい目に遭わされてるみたいじゃない。
そんなの違う。間違ってる。
ひどいのは私なんだから……。
だから、私が泣いたりしちゃいけないんだ。
泣いたりしちゃ……。
泣いたりしちゃ、いけない……のに……。
堪えていた涙にも、限界が来ていた。
まぶたを閉じたとたん、幾粒もの涙が頬を伝い――ポタポタと落ちては、ドレスにシミを作った。