船旅二十一日目-秘密を共有する者は?
「けどよ。いくら姫さんの母親ってぇ人の側に、置いてもらってたっつっても、今までよくバレなかったよな。満月のたびに、ウサギになっちまうんだろ?」
ふいに発せられたイサークの言葉に、私はうんうんとうなずいた。
いくらお母様の側で仕えていたと言っても、お母様は女性なんだし。
年がら年中、一時も側を離れず――なんてことは、きっと、不可能だったはず。
そんな中、いったいどーやって……今まで誰にもバレることなく、危機を乗り越えて来たんだろう?
私とイサークは、早く答えを聞きたくて堪らず、ウズウズしていた。
だけど雪緋さんは、好奇心丸出しの私達を、不快に思う様子など微塵も感じさせず、フッと口元をほころばせると。
「それは、紅華様が巫女姫であらせられたお陰で、うまく隠していただくことが出来たのです。巫女姫は、満月の夜が巡って来るたびに、『月禊』という儀式をお一人でなさいます。その儀式の折、部屋の隅に一名のみ、護衛の者を置くことが決まりとされているのですが、紅華様はそのお役目を、いつも私に与えてくださっていました。護衛の者を誰にするかという選定は、巫女姫にのみ許されております。私が獣人であるという事実、さらに、禁忌の子であるという事実は、そのお役目のお陰で、知られずに済んでおりました」
「へえ~。なるほどぉ。……って、んん?……あれ? でもそれじゃ、お母様が巫女姫じゃなくなった後――ザックスにお嫁に行っちゃった後とかは、どーしてたの? お母様の次に巫女姫になった人って、確か……」
「はい。現在、巫女姫であらせられますのは、藤華様でございます。藤華様は、元は平民であらせられ、そして私と同様に、紅華様の夢見のお力で、御所に迎えられたと聞き及んでおります。巫女姫となられるお方は、前任者から、お務めの全てを受け継がれるのです」
「……へ? ってことは、つまり……その藤華さんも、護衛に雪緋さんを指名し続けてくれてるってこと? その人も、雪緋さんが満月の夜にウサギさんになっちゃうってこと、知ってるの?」
「はい。もちろんご存知です」
「そっかー。じゃあ安心だね」
私はホッとして雪緋さんに笑い掛け、雪緋さんもまた、応えるように口元に笑みを浮かべた。
雪緋さんの味方が、お母さまだけだったんだとしたら。
お母様がいなくなってしまってからの彼は、かなり大変だったんだろうなと、心配してしまうところだったけれど。
よかった。
他にも味方がいたんだ。
雪緋さんは、こんなに優しい人なんだもの。
差別され、迫害されて、ずっと孤独なままだったりしたら、絶対に嫌だ。
でも……どうして蘇芳国では、ザックスや、お隣のルドウィンと違って、神の恩恵を受けし者は、差別されているんだろう?
ザックスとルドウィンでは、人間と同等の扱いを受けているのに。
……あ。
でも……違うか。
表面上は、人と同じような扱いを受けているように見えるけど。
実は、結婚しちゃいけないとか、子孫残しちゃいけないとかって、ひどい決まりがあるんだもの。
差別されていないとは、言い切れないよね……。
セバスチャンもウォルフさんも、そんな扱い受けてるなんてこと、一言も言ってなかったのに。
二人とも、責任ある仕事を任されているし、仲間内(?)では、『様』付けで呼ばれているくらいだし。
なのに、どうして……。
……ヤダな。
雪緋さんの国では、神の恩恵を受けし者は、『獣人』って呼ばれているってことは。
ザックスやルドウィンとは、比べものにならないくらい、扱いが軽い感じがする。
ヤダな。ヤダな。
神の恩恵を受けし者のことで、私が知らないこと、まだまだたくさんある気がして。
しかもそれが、あんまりよくないことばかりのような気がして……なんだか、すごく怖い。
セバスチャン。ねえ、セバスチャン。
今、どうしてる? ちゃんと元気でいる?
嫌な話を聞いたばかりだからかな?
無性にセバスチャンに会いたくなっちゃったよ。
ザックスを離れてから、まだ一ヶ月も経ってないのに。
ホントにダメだなぁ、私……。
いろいろと考えていたら、すごく気分が落ち込んで来てしまった。
深くうつむき、黙り込んでしまっていたら、急に先生が、
「ふむ。これもいい機会かも知れんな。――よし、今日の議題は決まった。朝食前だが、これから特別講義を行う。すぐに準備したまえ」
……なんてことを言い出して。
私とイサークは『ええッ!?』と大声を上げた後、しばらくの間、情けない顔つきで先生を凝視していた。