船旅二十一日目-『禁忌の子』
雪緋さんはベッドの上に正座し、しばらくの間、考え込むように沈黙していたんだけど。
やがて、意を決したように顔を上げ、自分の秘密について、淡々と語り始めた。(ちなみに、とっくに服は着ている)
雪緋さんは、神の恩恵を受けし者と、人との間に生まれた子。
彼らは総じて、『禁忌の子』と呼ばれているらしい。
『禁忌の子』は、本来ならば、生まれて来てはならぬ存在で。
知られた時点で、消されるのが通常――とのことだった。
そして『禁忌の子』は、殺しても罪には問われない。――何故か、古来からそういう取り決めがあるのだそうだ。
つまり、雪緋さんがこうして生きているということ自体が罪で、許されないことなのだと。
もしも、存在が知られ、殺されることになったとしても、誰も文句は言わないし、言えないのだと。
それが『禁忌の子』なのだと――雪緋さんは、悲しげな声色で語った。
何故、神の恩恵を受けし者と、人間との間に生まれた子が、『禁忌』とされてしまうのか。
それは、神の恩恵を受けし者には、結婚も、子孫を残すことも、共に許されてはいないからだそうだ。
遥か昔に定められた、〝絶対の掟〟という話だった。
彼らが同族同士、または、人との間に子を生すことは、決して犯してはいけない罪。
神の恩恵を受けし者と、人との間で交わされた約束。
『絶対に血族を残さない』というルール。
それに背く行為は、人間への最大の裏切りなのだと……。
「な……っ、何それ!? どーして、神の恩恵を受けし者は、結婚しちゃいけないの!? 子孫を残しちゃいけないの!? 『古来からの取り決め』って何!? そんな理不尽なこと、いったい、どこの誰が決めたのっ!?」
吐き気がするほどの怒りと嫌悪感で、体はワナワナと震えた。
『神の恩恵を受けし者』と言ったら、セバスチャンのことだ。ウォルフさんのことだ。
親しい彼らが、そんな非人道的な扱いを受けているだなんて、今の今まで、これっぽっちも知らなかった。
彼らだって、恋をするだろう。
恋をして、付き合って、結婚を意識するようになることもあるだろう。
結婚したら、子供が欲しいと望むようにだってなる。(もちろん、全ての人がそうだと言っているワケではないけど。結婚も子供も、するしない、持つ持たないは自由だ。ただ、選択肢の中に入れてはいけない――って決まりが最初からあるのが、おかしいと感じるだけ)
結婚する権利も、子孫を残す権利も、彼らにだってあるはずなのに。
どうして、人間の勝手な取り決めで、そのどちらの権利も、奪われなくてはいけないのか。
――私には、どうしても理解出来なかった。
だけど雪緋さんは、怒りに震える私に優しく微笑み掛けて。
「私のような者のことを、そこまで気に掛けてくださるなんて……。ありがとうございます、リナリア姫様。……ですが、どうか誤解なさらないでください。この約束事は、人間が一方的に決めたものではございません。私達の祖――一番初めに獣人となった者が、少しずつ増えて来た同族と話し合った末に、人間に提示したものなのです。……少なくとも、私はそう聞き及んでおります」
そんな追加情報を聞き、ますます訳がわからなくなった。
人間が勝手に決めたことではなく、雪緋さん達のご先祖様の方から、提示されたこと――?
……何、それ?
どうして、そういうことになるの?
雪緋さん達のご先祖様は、そんな理不尽な約束を、わざわざ、自分達の方からしたって言うの?
「なるほど! それが噂に聞く『孤高の王』とやらか。神の恩恵を受けし者の祖であり、その能力も、最たるものであったと伝えられているな。……しかし、そうか。神の恩恵を受けし者については、昔から、多少調べて知ってはいたが、まさか、『禁忌の子』が実在していようとは。……フッ。これは実に興味深い」
「な――っ! なにノンキに笑ってるんですか先生っ!? こんなひどい話聞いて、よくもそんな、平然としてられますねっ!?」
こんな時でさえ、少しも動じず、淡々と話す先生を見ていたら。
無性に腹が立って来て、ほとんどにらみ付けるようにして、先生を見上げた。
だけど先生は、どこまで行っても普段通り。
私のにらみなんて、ほんの少しも気にしていない。
「だから、今言っただろう? 『昔から、多少調べて知って』いたと。もともとの知識が、内容の大部分だったのだから、わざわざ驚く方がおかしい。――そんなことよりも、見ろ! 存在しないはずの『禁忌の子』が、私達の目の前にいるんだぞ? これこそ、奇跡のような幸運というものだろう! 彼を通して、じかに生態などの調査や、研究が出来るのだからな!」
先生の反応は、私をメチャクチャ幻滅させた。
『普段通り』なんて言ってはみたけど、前言撤回。
知的好奇心からか、いつもより声が弾んでいるような気もするし。
瞳だって、キラキラ輝いてる……ように、見えなくもない。
こりゃ絶対、先生、ワクワクしてるよね?
雪緋さんのこと、もっと知りたくて調べたくて、ウズウズしちゃってるに違いないわ。
……仕方ない。
こんな呆れた状態の先生は、この際放っておいて。
私はため息をひとつついてから、改めて雪緋さんに向き直った。
「でも雪緋さん。雪緋さんは、私のお母様の従者だったんでしょ? 雪緋さんの秘密のこと、お母様も知らなかったの? それとも――」
「はい。紅華様は、全てご存じでした。……と申しますか、私は幼い頃、紅華様に見つけていただいたことにより、救われた身なのです。高貴な紅華様のお側で仕えさせていただくことで、私に対する、周囲からの差別的感情を、抑制してくださっていたのです」
話している途中、雪緋さんは、どこか遠くを眺めるような目つきになり――。
今は亡きお母様のことを、うっとりとした口調で語った。




