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船旅二十一日目-衝撃の朝

 パチリと目を開いた時。

 私は()()()()()()()いた。


 大きな体――たくましい腕が私の背に回され、もう片方の腕が、抱き寄せるように私の肩に置かれている。


「…………え?」


 異常な状態に気付いた私は、そろそろと顔を上げ、大きな体の主が誰であるかを確かめた。


「ゆ……雪緋、さん……?」



 ――雪緋さんだった。

 見まごうことなく、雪緋さん本人だった。



 口を半開きにして、スウスウ寝息を立てて……。

 気持ち良さそうに眠っている雪緋さんが、何故か、私の横にいた。


 更に驚くことに、雪緋さんは服を……。


 服……服を、着て…………ない!?



「い――っ、やぁああああーーーーーーーッ!!」


 ベッドの上で、ギュウッと目をつむりながら絶叫すると。


「姫さんっ!?」


 ダンッという大きな音を立て、ドアが開いた気配がした。


「どーした!? 何があっ……たぁあっ!?」


 裏返ったイサークの声を聞いた後、恐る恐る目を開く。

 隣では、目を覚ましたらしい雪緋さんが体を起こし、顔面蒼白といった様子で、カタカタと震えていた。


「……ゆ、雪緋さ――」


 心配になって、声を掛けようとしたら、


「てめえ……どーやって入った? 一晩中ドアの前で見張ってたが、てめえの姿なんざ、一度も見ちゃいねえぞ」


 ゾッとするほど、凄味のある声で訊ねつつ。

 イサークが、雪緋さんの喉元にナイフを突き付けていた。


「イサーク、やめてっ! ナイフなんて出しちゃダメっ!!」


 まさか、本気で刺す気ではないだろうけど。

 イサークの声も目つきも、怖いくらい鋭くて、私は慌てて止めに入った。


 すると今度は、


「ほう……。これは驚いた。訊ねたいことがあって来てみれば、朝っぱらから物騒なことだな。これが噂に聞く、『修羅場』というものか?」


 冷え冷えとした声が聞こえ、ギクリとして、視線をドアの方へ向ける

 そこには、腕組みしながらじいっとこちらを見つめている、先生の姿があった。


「ち――っ、ちちち違うんです先生っ!! これはあのっ、なんてゆーかそのっ、えっとえっと、えーっとぉ……あのあのっ、とにかく違うんです違うんですぅううーーーーーッ!!」


 先生の冷たい眼差しに、戦慄を覚えた私は、必死に、事の成り行きを説明しようとした。


 ……でも。

 どうしてこんなことになっているのかが、そもそも、さっぱりわからないんだから、説明のしようがない。

 私は為す術なく、先生と、イサークと、雪緋さんの間で視線をさまよわせ、オロオロするばかりだった。



「おい、てめえっ! どーやってここに忍び込んだかって訊ーてんだッ!! 聞こえねーのか、この夜這(よば)い野郎ッ!?」


 ただでさえ、混乱を極めているこの状況下で。

 イサークがとんでもない言葉を口にし、私の頭は爆発しそうになった。


「よっ、よよよよ夜這いっ!? な、ななな――っ、な、何言ってるのよイサークったら!? ゆ、雪緋さんがそんな――っ!……そ、そんな、よ、よよよよ夜這いなんてするワケ――っ」


「だったらなんだってんだ!? どーしてこの野郎は、素っ裸で姫さんの横にいんだよ!?」


「しっ、知らないわよそんなのっ!! わ、私が朝起きたら、雪緋さんが隣にいて――っ。……な、何故か、ふっ、服っ……服を着てなくてっ」


「じゃあやっぱ夜這いじゃねーかッ!! 姫さん、あんたこの野郎に襲わ――」

「違います違うんですッ!! 私はそんなっ……よ、夜這いなどと恐ろしいことは決して――っ!!」


 ブンブンブンと、大きく頭を振りながら、雪緋さんは悲痛な声で否定する。

 それでもイサークは、詰問口調を少しも和らげることなく、彼を追い詰め続けた。


「素っ裸で姫さんの隣にもぐり込んどいて、そんな適当な言い訳が通用するとでも思ってんのか!? っざけんじゃねえッ!! てめえ、最初っから姫さんに目ぇ付けてたんだろ!? 姫さんが、誰でもすぐに信用しちまう抜けた性格だってぇのをいいことに、こーゆー機会を狙ってたんだろ!? なあ、そーなんだなッ!?」


「ちっ、違いますッ!! 本当に違うのですッ!! 私がリナリア姫様に――紅華様の大切な御子であらせられますリナリア姫様に、そのような(よこしま)なことをしようとするなどと、あろうはずもございません!!――本当です!! 本当なのです、信じてくださいリナリア姫様ッ!!」


 泣きそうな声で訴えながら。

 四つん這いでにじり寄って来る雪緋さんから、思いっきり目をそらし、私は絶叫した。


「キャーーーッ!! わっ、わわっ、わかったからっ!! わかったから信じるからっ!! だから早く服着てッ、服ぅうううーーーーーッ!!」



 何もなかったとは言え。

 朝起きたら、隣に裸の男性が。


 ……なんて経験をしちゃうなんて……。



 うわーーーん!

 もうお嫁に行けないよーーーっ!



 ショックと恥ずかしさで、涙がにじんで来た。



 ……まあ、でも……チラッと見えちゃっただけで、こっちの裸を見られたわけじゃないんだし。

 お嫁に行けない……ってことは、ないのかな?



 すぐさま思い直せたお陰で、私はどうにか、冷静さを取り戻した。



 ……とは言え、ショックはショックだけど。

 カイルより先に雪緋さんに、隣で朝を迎えられてしまうなんて……。



 なんとなく、モヤモヤしたものを抱えながら。

 私は必死に、心の中で『これは事故』『事故なんだから、誤解しないでねカイル?』と繰り返していた。



 一方。

 私に『服を着て』と言われた雪緋さんは、困ったような声で、


「服……ですか。それは、その……身に付けたいのは山々なのですが……。あの……あいにく……」


 などと、煮えきらない言葉を繰り返している。



 ……え?

 まさか、服がないなんて言わないよね?



 困惑して、顔を上げたとたん。

 雪緋さんの服らしきものを、彼の眼前に差し出している先生の姿が、目に飛び込んで来た。

 その服を見て、雪緋さんは『あっ!』と声を上げ、素早く両手でつかみ取る。


「……やはり、君のものだったか」


 先生はフゥーっとため息をつき、雪緋さんに服を渡すと。

 眼鏡の奥から、哀れみなのか、(さげす)みなのかわからないような視線を、彼に投げた。

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