船旅二十日目-ウサギとの一夜
脱衣所へ出た私は、タオルを取って髪を拭き、体も拭いて、ネグリジェに着替えた。
ベッドに戻ると、ウサギはまだ丸まったままで。
そっと覗き込むと、すっかり寝入っているみたいだった。
「私に会うまで、船内を走り回ったりしてたのかな?……きっと、疲れちゃったんだよね」
そのまま、そこで眠らせてあげようと思ったんだけど。
ベッドの上じゃ寒いかと思い直し、起こさないように気を付けながら抱え上げ、枕の下――私の横辺りに移動させた。
……あれ?
そう言えば、餌は食べなくても大丈夫なのかな?
面倒見るって決めたはいいけど。
ウサギを飼った経験はないから、詳しい飼い方なんかは、わからないんだよね。
眠る前に、餌とか水は、ちゃんとあげておいた方がいいの?
トイレとか……させておいた方がいいのかな?
う~ん……マズイ。
どうすればいいんだろ?
……あ。そっか。
先生なら、ウサギの飼い方も知ってるんじゃないかな?
何せ、知識のカタマリみたいな人だもんね。
どんなものを食べるかとか、どんな習性があるかとか――基本的なことくらいは、絶対知ってるはず。
よし!
明日、朝一で訊きに行こう。
そう決めたら、ちょっと心が軽くなった。
私はベッドに体をすべり込ませ、ウサギを起こさないよう、そーっとそーっと横になる。
隣には、スヤスヤ眠っているウサギの姿。
愛らしさに堪らず、体を優しく撫でてみると。
温かさと柔らかさ、モフモフした肌触りが、じんわりと伝わって来て……。
体の、心の隅々まで幸福感が染み渡り、私はニンマリ笑ってしまった。
……エヘヘ。
幸せチャージ完了ーっと。
すっかり満たされたから、今日はこのまま眠っちゃおうかな?
いつもなら、髪が完全に乾くのを待ってから、横になるんだけど……。
今日は疲れちゃったし、このままでいいや。
……でも。
濡れた髪のまま眠ったら、朝は、寝癖ですっごいことになってるんだろうな。
……う~ん……。
ま、いっか。
明日のことは、明日考えれば。
城にいれば、アンナさんとエレンさんが、タオルで何度も拭いてくれて。
ホワホワの羽根の付いた大きな扇子で、風を送ってくれたりして。
完全に乾くまで、お世話してくれる――っていうのが、私の日常なんだけど。
……さすがに、ここではそうも行かないもんね。
ネグリジェとか、タオルの替えなんかは、朝、回収してくれる人がいて。
夜までに、新しいのと取り替えておいてくれるから、全く問題ないけど……。
髪は、やっぱりねぇ……二人がいないと、ちょっと困るなぁ。
……って……。
ヤダ、私ったら。
いつの間にか、お世話されることに慣れちゃってる?
あっちの世界では、全部自分でやるのが当たり前だったクセに……。
最初の頃は、『全部自分でやらせて』って、半べそかきながら頼んだりもしてたのに。
うわぁ……マズい。
なんだか私、人間として……すっごくダメになって来てない……?
そう思ったら、急に自分が恥ずかしくなってしまった。
私は思い切り首を振り、ベッドの中で頭を抱える。
この国の〝姫〟だからって。
何でもかんでも、お世話してもらうことに慣れてっちゃ、よくないよね?
……少なくとも、それが〝当たり前〟になって、感謝の心を忘れたりしたら……。
絶対、ぜーーーったい、よくないよ!!
あーもーっ、ダメダメっ!!
赤ちゃんじゃないんだから、服着るのだって髪乾かすのだって、全部一人で出来るでしょ!?
アンナさん達がいなくたって、ちゃんと出来る!! 出来るんだから!!
――ってか、あっちの世界では、毎日ちゃんとやってたんだから!!
手を伸ばし、ベッド脇に備え付けられた灯(この世界での灯は、主に『貴光石』と呼ばれる、光る石。つまりは、蓄光石が用いられることが多い)に厚めの布を被せ、薄暗闇の中、反省して目を閉じる。
寝付きの良い私は、たったそれだけのことで、即座に眠気が襲って来てしまい……。
数分も経たぬうちに、深い眠りに落ちた。