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突然の抱擁

「リア!」


 馬上から、慣れた様子で舞い降りると。

 ギルは、拒む隙も与えぬ素早さで私を引き寄せ、力いっぱい抱き締めてきた。


「ギっ、ギル――?」


 いきなりのことに呆然としてしまい、私は彼の腕の中、両手をだらんと下げたままの状態で固まる。

 彼は、軽く痛みを感じるほどに強く、私を抱き締め……耳元で、情熱的な言葉をささやいた。


「会いたかった! 君がいない日々は、とてつもなく長く感じたよ。日ごと、夜ごとに君を想った。……別れを決めた時、これでしばらくは会えないと、覚悟を決めたはずなのに。帰路についたとたん、会いたくて堪らなくなっていた。……幾度、引き返そうとしたか知れない。引き返して、そして――いっそ、君をさらってしまおうかと思ったことも、一度や二度ではなかった。……ああ、リア。リア! やっと会えた!」



 切なげな声に、胸がチクリと痛む。


 こんなにも想っていてくれたのかという感動と。

 それでももう、彼を選ぶことは出来ないという、心苦しさ。


 ふたつの感情に押しつぶされそうになりながら、私はギュッと目をつむった。



 すぐに体を離して、彼に伝えなきゃいけないのに。

 気持ちが定まったことを、説明しなきゃいけないのに。


 なのに……どうしよう。突き放せない。

 『離して』って言葉が、どうしても口から出て来ない。



 ――ダメなのに。

 こんなんじゃダメなのに!


 ギルの胸が温かくて……切な過ぎて、どうしていいかわからないよ! 



「せっ、セ、セバス様っ! ぼ――っ、……わ、私達は、あちらに――。あ、あっちの方に行っていた方が、よろしーのではないでしょーかっ?」


 シリルの言葉にハッとした私は、ギルの体を思い切り押し返し、飛びのくように体を離した。



 ――そうだった。

 シリルもセバスチャンも、側にいたんだった。


 ……ヤダ、もう。

 一瞬、二人のことを忘れちゃってたなんて……。



 私は顔を熱くしながら、すぐに周りが見えなくなってしまう自分を恥じた。



 私達は今、神様の前にいる。

 ――神様と言っても、神様はもうここにはいないから、桜の古木の前、って言った方がいいだろうか?



 昨日届いたギルからの手紙には、『これから君に会いに行く。明日の昼前までには着けると思うから、私達が初めて出会った場所――神様の前で待っていて欲しい』というようなことが書かれていた。

 私はセバスチャンに事情を話し、シリルにもついて来てもらうことにして、三人揃ってここまで来たのだ。



「ああ、セバスもいたのか。――すまない。リアしか目に入らなかった。……それはそうと、そこの少年は――っと。少年、でいいのかな? まさかその格好で、少女とは言わないだろうね?」


 ギルはシリルに目をやると、一瞬、戸惑ったように首をかしげた。


「はっ。この者はシリルと申しまして。先日、カイルの後任として、姫様専属の護衛に就任した者でございます」


「護衛!? この幼い少年が?……いや。見た目で判断するのは失礼だとは思うが……。この華奢(きゃしゃ)な少年に、護衛という大役を任せるのは、さすがに無理があるんじゃないか? リアの命を預ける相手としては、頼りなく思えてしまうよ」


「ご心配はごもっともではございますが、見た目や年齢では計り知れぬほどの、剣の腕前であると、報告を受けておりますゆえ……」


 セバスチャンの答えに、私もうんうんとうなずきながら同意した。


「そうだよギル! 全然心配いらないってば! シリルには、いつも剣術の練習相手になってもらってるんだけど、動きも素早いし、的確なとこ突いて来るし、私なんかじゃ相手にならないくらい、すごい才能の持ち主なんだから!」



 ……なんて請け負ってはみたものの。

 実際のところ、私だって、彼の実力を正確に把握出来てるワケじゃなかった。


 でも、あのオルブライト先生が選んだんだし、お父様だって反対しなかったんだし……問題なんて、あるはずもないじゃない?(そして何より、私は彼の見た目も性格も、メチャクチャ気に入ってる!)


 ここはハッキリ、大丈夫だってことを伝えておかないと。

 今更、他の人と交代とか言われたって、絶対受け入れられないもん。

 命じられたって、断固拒否してやるんだからっ!



 ギルは私達の顔を見回しつつ、まだ少し、納得行かないような様子だったけど。

 やがて、小さなため息をつくと、腕組みしながら苦笑した。


「わかったよ。リアがそこまで信頼しているのであれば、私も口を出すのはやめよう。元々、そんな権利もないしね」


 私とセバスチャン、そしてたぶんシリルも、ギルの言葉にホッとし、三人で顔を見合わせた。

 それからギルは、また真剣な顔に戻って。


「セバス、それから護衛の君――シリルと言ったか。二人には悪いが、しばらく、リアと二人きりにしてもらいたい。話が済んだら呼びに行くから、それまで、どこか他の場所で、待機していてくれないか?」


「は?……あの……ですがギルフォード様。この辺りは、野盗めらが潜んでいるという噂がございますし、お二人だけでは、いざという時――」


「私一人では、リアは守りきれないと言いたいのか?」


 聞き捨てならないという風に、ギルの眉がぴくりと動くと、セバスチャンは慌てて首を振った。


「いっ、いいえまさかっ! ギルフォード様の剣の実力は、ルドウィン国の上位騎士にさえ引けを取らぬほどだと、聞き及んでおりますゆえ――。そのようなことは、決して!」


「ならば、何の問題があるんだ? 私がリアに、獣のごとく襲い掛かるとでも思っているのか?」


「そ――っ! そそそそのようなことっ、思うはずもございませんっ!」


 ふるふるふると、目が回っちゃうんじゃないかと心配になるくらいに首を横に振り、セバスチャンはギルの疑問を否定した。

 それからシリルを振り返り、


「でっ、ではシリル! 私共は失礼するのだっ!――ほらっ、さっさと向こうへ参るぞっ!」


 そう言ってくるりと背を向け、私達から大慌てで離れて行った。

 シリルも私達にぺこりと頭を下げてから、セバスチャンの後を追うように行ってしまって――。


 こうして、神様の前には、私とギルの二人だけが残された。

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