表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/251

船旅二十日目-『可愛い』との遭遇

 その日の夕食が済んでから。

 私は一人でデッキに向かい、大海原に沈んで行く夕陽を、ボーッと眺めていた。


 湿った風が、髪を、ドレスを大きく揺らす。

 だけど、不思議と寒さは感じなかった。


「特別な力、かぁ……」 


 ふと、昼間の雪緋さんとのやりとりを思い返し、重苦しい気分になる。



 雪緋さんは、私の目覚めた力によって、過去を覗かれてしまったことを、少しも責めることなく許してくれて。

 私の中に、お母様の存在を感じるって……むしろ、喜んでくれてるみたいだったけど。



 ハッキリ言って。

 私にとってはあんな力、迷惑でしかなかった。



 だって、人の過去を勝手に覗くだなんて。


 雪緋さんが優しい人だったから、許してもらえたようなものの……。

 これがもし、他の人だったりしたら、ぜーったい、気味悪がられたり、腹立てられたりしてたと思う。



 ……当たり前だよね。

 私だってイヤだもん。他人に過去を覗かれちゃうなんて。


 この力が、コントロール出来たり、覗きたくないと思ったら、覗かないで済むようなものだったなら、まだ、受け入れる気にもなってた……かも知れないけど。


 さっきみたいに、何の前触れもなく、発揮されちゃうんだとしたら……。

 しかもそんなことが、これからも、たびたびあるんだとしたら?


 ……私はいったい、どうしたらいいんだろう?



「……ハァ。やっぱりいらないなぁ……こんな能力」


 ため息をついた後、私は体を丸め、手すりにコツンと額を当てた。



 ……無性に、セバスチャンに会いたかった。

 シリルに会いたかった。

 ニーナちゃんに会いたかった。


 みんなをギュッと抱き締めて、心の底から癒してもらいたかった。(みんなにとっては、迷惑かもしれないけど)



 ああ……萌えが足りない。

 この船には、圧倒的に『可愛い』が足りないんだってば!!



 ……考えてみれば。

 今までが、恵まれ過ぎてたんだよね。


 城にいれば、『可愛い』はいつも身近に存在してたから。

 足りないと思えば、すぐに補給出来てたんだもん。(ちなみにこの場合の補給というのは、眺めたり、頭撫でたり、抱き締めたり、頬ずりしたり――という類のこと)



 あーあ。

 贅沢な環境に慣れ過ぎてて、『可愛い』のひとつにもお目に掛かれない、今のこの状態に、どこまで耐えられるやら……。



 二度目のため息をついて、手すりから顔を上げると。

 夕陽はとっくに沈み切っていて、辺りは、深い藍色に覆われている。


「――あ。綺麗な月。……そっか。今日は満月か」


 仰いだ空には、まぶしいくらいの光を放つ、まん丸なお月様が、ぽっかりと浮かんでいた。

 しばらくうっとりと見惚れていたら、背後でガタンと音がして、反射的に振り返る。


「へっ?……え、嘘……。なんで、こんなところに?」


 視線の先には、真っ白なウサギがいた。

 私と目が合うと、慌てたように(そんな風に見えたんだもん)後ろを向き、ピョンピョンと離れて行こうとする。


「あっ、待って! お願いだから待ってっ!?」


 ウサギに『待って』なんて言ったって、大人しく待っていてくれるワケがない。

 それはわかってたんだけど、つい、口に出してしまっていた。



 だって、やっと見つけた『可愛い』だもの。

 萌えの対象なんだもの。


 ここで見失ったら、後悔するに決まってるじゃない!!



 確信した私は、急いで白ウサギの側へ駆け寄った。

 行く手を阻める位置にしゃがみ込み、なるべくおびえさせないよう、穏やかな声で話し掛ける。


「こんばんは、ウサギさん。こんなところでどーしたの? 飼い主さんと、はぐれちゃったの?……ん? でもこの船って、ペットも乗船可能なんだっけ?」


 当然、ウサギさんからの返事が、あるワケもなく……。

 多少の虚しさを感じつつも、私はメゲずに先を続けた。


「ねえ、ウサギさん。私ね? 今すっごく、あなたを抱き締めたくて堪らないの。もし、よかったら……抱っこさせてもらえないかなぁ?」


 訊ねつつ、そうっとウサギさんに手を伸ばす。

 するとウサギさんは、ビクッとしたように体を起こし、ふるふると可愛らしく首を振った。



 え――っ?

 ……今、この子……首振ったよね?


 ……ってことは……嫌ってこと?

 『抱っこされるのはイヤ』ってことなの?



 え……嘘……。

 なんか、思いっ切り……拒絶されちゃっ……た?



「あ……あはははっ。まっさかー。ウサギさんに、人間の言葉が通じる上に、明確な拒絶の意思まで示されちゃうなんて。そんなバカなこと、あるワケ……」


 ――なんて、思ってしまったけど。

 それを言ったら、セバスチャンはどうなるの? という疑問が、ふと脳裏をよぎった。

 私はう~んと考え込んでから、再びウサギに目を向けると。


「えー……っと。ウサギさんは、私に抱っこされるのはイヤ……と。つまりは、そーゆーことなの……かな?」


 ウサギと意思疎通が出来るなんてと、半信半疑だったけど。

 恐る恐る確かめてみると……なんとビックリ!

 ウサギさんは、こっくりとうなずいたではないですかっ!?


「えぇーーーっ? すっごーーーい!! あなた、人間の言葉がわかるの!?」


 心底驚いて、私は大声を上げてしまった。

 とたん、ウサギがギョッとしたように、耳をピーンと立てて固まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ