船旅二十日目-目覚めた力
「違うッ!! 化け物なんかじゃないッ!!」
心で子供達に向かって叫んだつもりが、声に出してしまっていた。
私はハッと息をのみ、片手で口元を覆うと、顔を上げて、雪緋さんの様子を窺った。
彼は、呆然としたように固まっていた。
前髪が邪魔をして、口元でしか、表情を読み取ることが出来なかったけれど――。
口を半開きにして、驚いているように見えた。
私は慌てて、今のは、雪緋さんに対して放った言葉じゃないんだと、説明しようとしたんだけど。
どう言っていいかわからなくて、『あの――』と言ったきり黙り込む。
雪緋さんは、私の頬にそっと右手を当てると、今までで一番柔らかな、温かみのある声でささやいた。
「紅華様……。やはり、あなた様は……いらっしゃるのですね」
「……え? べに、か……?」
思い掛けない人の名前が出て来て、ますます混乱する。
べにか?
紅華って、お母様のことだよね?
でも、どうして……。
なんでいきなり、お母様の名前が?
戸惑う私の右手を、両手でそっと握り、雪緋さんは、口元だけでふうわりと微笑んだ。
「リナリア姫様。私の過去を、知っておしまいになられたのですね?……幼い頃の私を。皆に虐げられる、私の姿を」
「え……。あ、あのっ、私……」
不審に思う様子もなく、いつもと全く変わらない彼に、どうしていいかわからなくなる。
私自身、動揺している最中なのに。
どうして彼は、ここまで落ち着いていられるんだろう?
落ち着いて……まるで当たり前のことのように、『私の過去を知っておしまいに』なんてことを……。
どう返事すればいいのか。
ただ黙って、見返すことしか出来ないでいる私に、雪緋さんは優しく語り掛ける。
「どうか、ご心配なさらないでください。何も問題ございません。リナリア姫様は、紅華様とクロヴィス様の御子であらせられます。特別な能力がそなわっておいでなのは当然――いえ、必然なのですから。ご遠慮なさらず、おっしゃってください。リナリア姫様がどのようなことをおっしゃっても、私は驚いたりはいたしません」
告げた後、彼は私の右手を握っている両手に、少しだけ力を込めた。
私は彼の顔を見返しながら、呆然とつぶやく。
「特別な……能、力?……必然って……」
お父様に、不思議な力があるのは知ってる。
決して避けられない未来の夢――二つの夢を見る能力を、お父様は持ってる。
まるで、どちらか選べとでも言うみたいに、二つの夢を見せられるんだって。
そして、どちらを選んだとしても、その出来事は必ず起こり――絶対避けられないんだって、お父様は言ってた。
見る夢が一つじゃないってのは、すごくやっかいだけど。
これも、一般的には〝予知夢〟って呼ばれてる能力だよね?
お母様の能力のことは、何も知らない。
でも雪緋さんは、お母様は『巫女姫』だったって言ってた。
巫女姫は、もともと『特殊な力』を持ってるんだってことも。
……ってことは。
お父様だけじゃなく、お母様も、『特殊な力』を持ってたんだから……。
その娘である私にも、なんらかの力がそなわってたって不思議じゃない……と?
じゃあ、さっき脳裏に浮かんだのは、単なるイメージとかじゃなく。
ホントにあった、雪緋さんの過去の出来事?
私は……。
私は、彼の過去を覗き見てしまった……ってこと?
人の過去を覗き見るのが、私の『特殊な力』?
そんなのが、私の能力なの?
「あの……。特殊な力かどうか、自分でもよくわからないの。さっきね? いきなり、ひとつのイメージって言うか、自分が経験したはずのない、見た覚えのない出来事みたいなものが、頭に浮かんで来て……。数人の男の子が、一人の男の子をいじめてるような――そんな、記憶にないはずのものが見えたの。男の子達は、白い髪の男の子に向かって、ひどい言葉を投げつけてて。それで私――」
「その子らは、このようなことを申してはおりませんでしたか? 『白髪の赤目。気味の悪い化け物』『おまえみたいな化け物と、遊ぶヤツなんかいない』」
「――っ!……雪緋、さん……」
私が聞いた子供達のセリフと、ほぼ同じだった。
そのセリフを雪緋さんの口から告げられ、疑念が確信に変わる。
やっぱり、あの男の子は雪緋さんだったんだ?
だったら、私は……。
断わりもなく、彼の過去を覗き見ちゃった……ってことになるの?
「ごめんなさい! 私、雪緋さんの過去を勝手に……。嫌なこと、思い出させちゃったよね?」
突然、変な能力に目覚め、彼を傷付けてしまったことが、堪らなく恥ずかしかった。
なんだか、すごく卑しい人間になってしまった。――そんな気がした。
……なのに。
何故か雪緋さんは、嬉しそうに声を弾ませて。
「いいえ! リナリア姫様がお気になさるようなことは、何ひとつございません! 私の過去など、取るに足らぬことにございます。いくらでも、何度でも、ご覧いただいて構いません。そのような些細なことよりも、私は今、大変感動しております。……リナリア姫様は、やはり紅華様の御子。あのお方は、今でもこうして、リナリア姫様の中に息づいていらっしゃる。心からそう思えたことが……私は、何より嬉しいのです」