表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/251

船旅十日目-割って入って来た声は

『こんな状況になっても、あんたはまだ……俺が安全な男だって言えるのか?』


 イサークの言葉を、何度も何度も、脳内で繰り返して。


「…………あ」


 私はようやく、彼の言っていることの意味を理解した。(たぶん)



 ……なんだ、そっか。

 イサークは、私を試してるんだ?


 私がおびえそうな状況を、わざと作り出して……。

 それでもまだ、信じられるのかって……私の信頼がどれほどのものかを、見定めようとしてるんだよね?



 ――だったら、答えは決まってる!



「もちろん言えるよ! 私、イサークのこと信じてるから」


 自信満々でうなずくと、彼は驚いたように目を見張った。

 だけど、すぐに怖いくらい真剣な眼差しで、私の顔を覗き込みむと。

 まるで、この世のものではないものを見てしまった時のような……驚きと、疑念と、そしてちょっとだけ、恐れを抱いてるような顔つきになって。


「あんたなぁ……。『信じてる』なんて言やあ、こっちが喜ぶとでも思ってんだろうが。そんなためらいもなく言われたら、むしろ……」


「えっ?……イ、イサーク? どーしたの?」


 イサークは壁から手を離すと、深く息を吐き出しながらその場にうずくまり、両手で頭を抱えた。


「あーーーーーっ、やってらんねえ。あんたといると、マジで調子狂う」

「調子が……狂う?」


 私は困惑し、眼下のイサークをしげしげと眺める。


 背の高い彼が、私より低い位置に見えるなんて初めてだったから、ちょっと新鮮。

 でも、やっぱり変な感じがしたから、私も慌ててしゃがみ込み込んだ。


「ねえ。今のって、イサークの降参宣言? そう思っていいの? 諦めて、私の意見を聞き入れてくれる気になった……ってことだよね?」


「ちっげーよ!! 誰が降参なんかするかッ!!」


 すぐさま顔を上げて反論し、彼はすっくと立ち上がる。


「とにかく、とっとと部屋入って寝ろ!! 俺の仕事の邪魔すんなッ!!」

「な――っ! なによ邪魔って!? 私はイサークのためを思っ――」

「いい加減にしろ、二人とも。こんな夜中に大声で……非常識だとは思わないのか?」


 凛とした声が、私達に割って入るように発せられた。



 決して、声を荒らげてるワケじゃないのに。

 瞬時に戦慄を覚えさせる、この……どこまでも落ち着いていて、冷やかな声――は……。


「せっ、せせせ先生っ!?」

「冷酷陰険メガネっ!?」


 私は反射的に立ち上がり、イサークとほぼ同時に振り返った。

 振り返った先には、腕組みし、私達を、この上なく愚かだとでも思っているような視線を向けている、ガウン姿の先生がいた。


「こんな夜更けに、何事だ?――と言いたいところだが、あれだけ大声で騒いでいれば、聞きたくなくても耳に入って来る。何があったかなど、とっくに知れているが」


 深々とため息をつくと、先生は私をギロリと睨む。


「君も、この男の仕事によけいな口出しなどせず、さっさと部屋に入りたまえ。ザックス王国の姫君が、単なる護衛とあのような言い合いをすること自体、恥ずべきことだと何故わからない?」


 イラ立ちを含んだ声でたしなめられ、ちょっとひるみそうになったけど。

 私は内心ビクビクしながらも、どうにか自分を励まして言い返した。


「で、でも先生! こんな寒いところで、眠りもせずに見張りなんて、イサークがあまりにも可哀そ――」

「それがこの男の仕事だ。役割だ。義務なのだから仕方あるまい。この男だって、それを承知の上で、護衛の任務を引き受けたはずだ。――そうだな?」


 先生に同意を求められ、イサークはムッとした顔でそっぽを向く。

 それでも、先生の言葉には小さくうなずいた。


「ああ、もちろんだ。これは俺の仕事だ。文句なんかねえ」


「イサーク! でもそれじゃ――っ」


「元はと言えば、君が『護衛は一人で充分』だなどと言い張ったから、発生した問題だろう? 己の見識、予測の甘さが招いた結果だ。猛省し、今後の教訓にすることだな」


「うっ」


 痛いところを突かれて、私は冷や汗タラタラで沈黙した。

 先生は、気まずく目をそらす私に向かい、


「わかったらさっさと部屋に戻れ!! この私に、何度も同じことを言わせるな!!」


 通路中に響き渡るくらいの大声で叱りつける。

 私はビクッと縮こまり、まだ少しためらいを残しつつも、小声で謝罪の言葉を告げ、ションボリと肩を落としながら部屋に入った。


 音を立てないようにドアを閉め、くるりと部屋の方へ体を向けると、後方に寄り掛かって、大きなため息をつく。



 あーあ。失敗しちゃったなぁ。

 もう少し静かに言い合ってれば、先生にも気付かれずに済んだのに。


 もうひと押し、って感じだったのになぁ。

 あともうちょっと頑張ってたら、私の主張も、受け入れてもらえてた気がするのに……。



 ドアの外では、先生とイサークが話している声が、まだ小さく聞こえていた。

 何を言っているのかまではわからなくて、『またケンカしちゃってたら、どーしよー?』ってハラハラしたけど。

 大声で言い合っている感じではなかったし、すぐに、先生も自分の部屋に引き返して行ってくれたらしく、通路は、数分も経たぬうちに静まり返った。


 私は胸を撫で下ろし、外のイサークに申し訳ないと思いつつも、ヨロヨロとベッドまで歩いて行って、倒れ込むようにして横たわる。


 すると、不思議なことに。

 さっきまで、全然眠気なんか感じていなかったのに、一気に睡魔が襲って来た。



 ああ……。イサーク、ごめんね……。

 あんな寒い中……外で、頑張ってくれてるのに……。


 なんだか……眠くなって……来ちゃっ――……。



 睡魔と闘う気力も、すでになく。

 強い敗北感と後悔に包まれながら、私はいつしか、深い眠りへと引き込まれて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ