船旅十日目-護衛は律儀?
イサークは、あれからずっと考え込んでいる。
最初のうちは、邪魔しないように見守っていたんだけど。
いい加減、待つのも疲れてしまい、私は遠慮がちに声を掛けた。
「ねえ、イサーク? えっと……なんだか、ずっと黙り込んでるけど、どーかしたの? ギルが、あなた達のことを思ってこの国に来させた――って話、そんなに意外だった?」
「……いや。そこまで意外だったワケでもねえよ。ただ――」
「……ただ?」
彼は複雑な顔つきになり、また少しの間沈黙した。
しばらく経ってから。
今度は思い切り息を吸い込み、時間を掛けて吐き出すと、すごく真剣な顔で私に向き直る。
「俺は、死刑にされても文句なんか言えねえ罪を犯した。今、俺がここにいられんのは、『全て正直に白状すれば、罪に問わない』って言って、マジでその通りにしてくれた、あの王子のお陰なんだ。だから……俺はあいつに、大きな借りが出来ちまった、ってことになる。だから……その借りを返すためには、俺があいつより強くなって、あいつの騎士ってもんになることで、返してくしかねえって思ってたんだ。……けど、命を救われた上に、俺とニーナの先行きまで考えてくれてた――ってことになっちまうとよ。借りがデカすぎて、一生掛かったって返せる気がしねえじゃねえか。……だったら、俺はどーすりゃいいんだ? どうやって、これだけの恩を返しゃいいってんだよ?」
「借り……って……」
どうやら、イサークって人は。
私が思っていた以上に、義理堅くて、真面目な性質の人らしい。
自分の罪が許されたんだもの。
普通なら、
生き残れてラッキー!
ついでに、赤毛に差別のない隣国に移住させてもらえて、大ラッキー!
……なーんて風に、嫌なことはさっさと忘れて、新しい生活をスタートしようとするんじゃないのかな?
なのに。
彼は、ギルへ恩返しすることも、ちゃんと考えてて……。
真剣に、彼専属の騎士になろうとしてるんだ。
でも、ギルが彼にしてくれたことは、彼が思ってた以上に大きかった。
ギルは、彼の罪を許し、命を救ってくれただけじゃなくて……彼らが安心して暮らして行けるよう、配慮までしてくれてた。(まあ、これは飽くまで、私の予想だけど)
そのことを、今初めて知って……どうしていいのか、わからなくなってるんだ。
自分が騎士になって、彼を支えて行くくらいのことじゃ、恩を返しきれないんじゃないか――って、不安になって来てるのか。
……な~んだ。
やっぱり、この人って……。
自然に顔がほころぶ。
嬉しくって嬉しくって、ゆるんだ顔のまま、イサークをまじまじと見つめてしまう。
「な、なんだよ? 人の顔、ニヤニヤしながら見てんじゃねえって。……気っ色悪ぃだろーが」
彼は眉間にしわを寄せつつ、憎まれ口を叩く。
それでも私は少しもひるまず、にっこり笑って言い返した。
「イサークって、ホントにいい人だよね」
「…………」
彼は、少しの間何も言わず、ポカンとしていたけど。
「はあっ!? あ、あんた、いきなり何言ってんだっ!?」
一瞬のうちに顔を赤らめ、裏返り気味の声を張り上げた。
「どっ、どこをどー取ったら、そんなバカみてえな意見が出て来んだよ!? 俺は罪人なんだって、さっきから何度も言ってんだろうが!! そんなヤツが、どーしていい人ってことになっちまうんだ!?」
「いい人だよ。ちゃんとギルに感謝して、受けた恩を、返そうとしてるんだもん。罪を許された時点で、イサークは自由なんだよ? そのまま知らんぷりして、自分とニーナちゃんの幸せだけ考えて、生きてくことだって出来るのに……そうするつもりはないんでしょ? 悪い人だったら、絶対、『恩を返そう』なんて思わないよ。自分のことだけ考えて、恩のことなんて考えもしないよ。だから……やっぱり、イサークはいい人だよ」
「――っ!」
彼は再び絶句した後、何故だかすごく悔しそうに、ギリギリと奥歯をかみ締めていた。
だけど、ふいに腕組みして横を向くと、
「おっ、俺は、借りを作ったままでいるのが嫌いなだけだ! はなっから、あいつに恩なんか感じてねえ! 騎士になって、きっちり借りだけ返したら、その場でオサラバしてやるんだからな!!」
「……でも、さっき……『これほどの借り、一生掛かったって返せやしねえ』とかって、言ってなかったっけ?」
「う――っ」
たちまちバツの悪そうな顔になり、イサークはギリギリギリと奥歯を鳴らす。
それから、回れ右でもするように、こちらに背中を向けると。
「知らねえよ!! とにかく俺は、一日も早く騎士になって、あいつに借りだけ返したら、とっととやめるって決めてんだ! その後は、勝手気ままに生きてやるッ!!」
私は『素直じゃないなぁ』なんて思いながら、クスクス笑って、彼の大きな背中を見つめていた。
……頼もしい背中。
こんな人が、ギルの騎士になって、ずっと側にいて、守ってくれたら。
それがホントに実現したら、ギルも安心出来るだろうし、寂しくもないだろうな……。
そう思ったら、心が温かくなって。
どうしても、伝えずにはいられなくなった。
「ありがとう、イサーク。彼の……ギルの騎士になろうって、思ってくれて」