船旅十日目-ワケ有り護衛の告白(五)
ギョッとしたように振り向くと。
イサークは、ようやく握り締めていた拳を開き、だらんと横に手を下ろした。
それで私もホッとして、彼の腕から手を離ししたんだけど……。
「もーっ、あんなに何度も何度も叩き付けたら、ケガしちゃうじゃない。あんまり心配させないでよ」
ヒヤヒヤさせられた分、ちょこっとムッとしたりもして。
見上げるついでににらみ付けると、イサークは驚いたように、私をじっと見つめた。
「心配? あんたが……俺を?」
「当たり前でしょ! 他に誰がいるってゆーのよ?」
「いや……。けど、俺は、あんたの元婚約者を殺そうとしたんだぜ? そんなヤツのことを、なんであんたが心配するんだよ?」
「な、なんでって……」
なんでって言われても……。
しょーがないじゃない、そう感じちゃったんだから。
それに、殺そうとしたって言っても、ニーナちゃんのために仕方なく……だったんだし。
やっぱり私には、イサークが悪い人だなんて、どーしても思えないんだもの。
「むぅ……。いちいち、そーゆーこと訊いて来ないでよ。こーゆーのは、こう……理屈じゃないんだから。訊かれたって、うまく説明出来ないよ」
『だってイサーク、ホントは絶対いい人だもん』
なんてことは、恥ずかしくて言えなかったから、適当にごまかした。
イサークは、しばらくボーッと私を眺めていたんだけど、ふいに、プッと吹き出し。
「やっぱ、変なヤツだな、あんた。この話聞いたら、ぜってー怒り出すだろうと思ってたのによ。怒って、俺を護衛から外すか――国外追放、へたすりゃそれ以上――ってことまで、考えてたんだがな」
「……へ? 国外追放? へたすりゃそれ以上?……それってまさか、私がイサークを罰すると思ってた……ってこと?」
「ああ。それが当然だろうしな」
「当然? なんで?」
「なんでって――。あんたの大事な元婚約者を、殺そうとしたからに決まってんだろ」
何度も言わせるなって感じで、イラ立ちつつ答える彼を、私は首をかしげながら見上げる。
「だって、イサークは、ギルに許されたから、この国に来たんでしょ? 命を狙われた張本人が許したのに、私が罰するなんておかしいじゃない。それこそ、よけいなお世話ってもんじゃないの?」
「……は?」
「だから! ギルはあなたを許したんでしょ? 殺されそうになったのに、それでも罰することなく、あなた達兄妹を、この私に託したんじゃない。それってつまり、あなた達の受けて来た差別とか、迫害とかを理解して――このままルドウィンに居続けるのは、あなた達のためにならないって、彼が判断したからじゃないの? 赤い髪に差別も偏見もない、ザックスに移住させた方が、あなた達は幸せになれる……って、そー思ったからからでしょ?」
イサークはポカンと口を開け、結構長いこと、黙り込んだままだったんだけど。
少しずつ、決まり悪そうな表情に変わって行って、
「そっ――、そー……なのか? あのヤロ――、王子は……俺達のために、この国に……?」
今やっと気付いたって印象の言葉を、ためらいながら口にする。
私は呆れ、まじまじと彼を見返してしまった。
「イサーク、あなた……もしかして、全然わかってなかったの? ギルが、あなた達をザックスに預けたワケを」
私の問いに、彼はうっと詰まり、困惑気味に視線をそらす。
「し、仕方ねーだろ! あいつの言い方じゃあ、厄介払いするって感じにしか、聞こえなかったんだからよ!……それがまさか、俺達のために……なんて……。そんな素振りなんざ、あのヤロウ、これっぽっちも……」
混乱しているのか、イサークは片手で額を押さえ、考え込むようにうつむいた。
そんな彼を見ていたら、何故だか、温かい気持ちになって来て……。
気が付くと、クスッと笑ってしまっていた。
まったく、ギルったら。
いったいどんな言い方して、イサークをこの国に来させたんだろ?
……まあ、本人に確認取ったワケじゃないから、百パーセントそうだって、言い切れはしないんだけど。
でも、やっぱりそうとしか思えない。
ギルは、ルドウィンに、そんな偏見や差別がある以上、二人が――特に、ニーナちゃんが安全に暮らして行くためには、国外に移住させるしかないって……きっと、そう考えたんだよ。
あの人は、優しい人だもの。
きっと……ううん。絶対そうに決まってる。
だけど……素直に伝えればいいものを、わざと意地悪な言い方して。
直情型のイサークの反応見て、楽しんでたんじゃないかな?
……私をからかってた時と同じように。
ホントにもう。
相変わらずなんだから。
久し振りに、ギルにされた数々のことを思い出し、懐かしい気持ちでいっぱいになった。
意地悪なギルに、安心していた。
身近な人に命を狙われていたなんて、ショックだったろうし。
私とのことで落ち込んでたって、ウォルフさんにも聞いてたから……すごく心配してたんだけど。
そんな風に、意地悪する余裕があるなら、もう大丈夫って思えたんだ。
イサークに悪いと思いつつ、ようやく、肩の荷が下りた気がして。
私は彼に気付かれぬよう、小さく安堵のため息を漏らした。