船旅十日目-ワケ有り護衛の告白(三)
事の発端は、ニーナちゃんの鮮やかな赤い髪だったそうだ。
なんでも、イサークが住んでいた地域では、赤い髪(特に真紅ともたとえられるような、鮮やかな赤い髪)の人間は、最も忌み嫌われているんだって。
何故かと言うと、大昔にその辺りの森に住んでいた、嫌われ者の悪い魔女が、燃えるような赤い髪をしていたとかで……。
以来ずっと、『赤い髪は魔族の印』とされ、差別されて来たんだそうだ。
「何それ!? 赤い髪ってだけで差別されちゃうの!? ニーナちゃん、あんなに可愛いのにっ!?」
その話をされたとたん、思わずカッとなって、口を挟んでしまったんだけど。
「あんたが怒ったってしょーがねえだろ。とにかく、俺らが住んでた辺りじゃ、それが当たりめえだったんだ」
イサークは顔色一つ変えず、素っ気ない口調で返して来た。
とにかく、そんな理不尽な理由で、イサーク達はずーっと差別され、迫害され、村八分みたいな扱いを受けて来た。
特に、鮮やかな赤毛であるニーナちゃんへの風当たりは、相当キツかったらしい。
イサークも、赤と言えば言えなくもない髪色だけど。
赤よりは茶色に近いし、男性だし、ニーナちゃんほどひどい扱いは、受けていなかったんだって。
ルドウィン国の人達は、金髪が五割、こげ茶や薄茶系の髪の人が四割強占めていて。
それ以外の髪色の人は、一割にも満たないということだった。
だから、ニーナちゃんみたいに、真紅って感じの髪色は、嫌でも目立ってしまうんだそう。
理不尽な差別のせいで、ニーナちゃんは小さな頃から、周りの人達に冷たくされて、外で仕事したくても、させてもらえなかったから。(ニーナちゃんみたいに小さな子が、働かなきゃ生きていけなかったってことにも、胸が痛むけど)
外ではイサークが働き、家での仕事は、ニーナちゃんが一手に担っていた。
それでもイサークは、
『家から出さえしなければ、ニーナがいじめられることもない』
『自分が頑張って稼ぎさえすれば、なんとか二人で暮らして行ける』
そう思っていたらしいんだけど……。
ある日。
最悪な事件が起こった。
ニーナちゃんが、何者かにさらわれてしまったんだ。
彼は血眼になって、思いつく限りのところを捜し回り、訊ね回った。
ようやく居所をつかんだんだと思ったら、彼女が連れて行かれたのは、ある貴族のお屋敷。
どうして、それがわかったかと言うと。
どうやら、『赤い髪の美少女を探してる』って、某貴族の使用人が、訊いて回っていたそうで。
その時、ニーナちゃんのことを話していた人のことを、見掛けた人がいて。その人がまた、イサークに教えてくれたんだそうだ。
イサークは、即座に貴族の家に乗り込もうとしたんだけど。
彼みたいな身分の人が、正面から突っ込んで行ったとしても、すぐに追い返されてしまうだろうし。
無理に突破しようとしたら、その場で捕まって牢屋行き――って結果になるのは、目に見えていた。
そこで彼は、夜中にこっそり忍び込むことに決めた。
そして無事、ニーナちゃんを見つけ出すことが出来たんだけど――。
すぐお屋敷の人に気付かれて、大騒ぎになってしまった。
イサークは、片っ端から屋敷の人達をやっつけて、問題の貴族を思いっ切り傷め付けてから、ニーナちゃんを連れて逃げようとした。
でも、そこへ何故か、十数人の騎士っぽい人達が、ドドドっと押し入って来て、逃げようにも逃げられなくなってしまった。
騎士っぽい人達は、床に倒れている屋敷の住人らを見て、最初は驚いて、立ち尽くしていたらしい。
だけど、すぐに行動を再開し、一人残らず縄でぐるぐる巻きにして、あっと言う間に、どこかへと連れて行ってしまったんだって。
物陰から様子を窺っていたイサーク達は、彼らが去った後、こっそりと屋敷を抜け出して、事なきを得たそうなんだけど……。
「だが、どこから嗅ぎ付けたのか知んねえが、数日後に、ある貴族――っても、ニーナをさらった方の貴族じゃねえが。その使いってヤツが来て、俺に、王子暗殺の話を持ち掛けて来たんだ。……どうやら、ニーナをさらった貴族ってのが、小児愛好者だとかなんとかっつー変態野郎で、自分好みのガキをさらっては、変態行為をしてるって噂が立ってたらしくてな。そんな野郎は貴族の恥さらしだってんで、踏み込んでってとっ捕まえろ、って指令を上から受けて、機会を狙ってたんだってよ。――ま、つまり、また子供をさらったらしいって噂を聞き付けたんで、踏み込んでってみたら、とっくにみんな倒されてたんで、仰天したらしい。――で、それをやったのが俺だって情報を、どっかから仕入れたんだろ。一人でここまでやってのけるヤツなら、王子一人くらい、簡単に殺せるだろう……ってんで、依頼して来たんだろうさ」
「……そんな」
ニーナちゃんがさらわれた――しかも、〝小児愛好者の変態貴族〟の話を、淡々と語るイサークが、まず信じられなかった。
いくら過去の話って言ったって、それほど怖い目に遭ったんなら、ニーナちゃんは、心に深い傷を負ってるに違いない。
それなのに……。
「イサーク、あの……。ニ……ニーナちゃんは……。ニーナちゃんは、その貴族に……え、と……」
――何かされたってワケじゃないんだよね?
そう訊こうとしたけど、口に出せなかった。
言いよどむ私の様子に、何かを察したのか、イサークは鋭く言い放った。
「何もされてねえよ!」
「――っ!……う、うん。そーだよね」
ホッとして、こわばった口元で笑おうとしたとたん、
「されてたらその場でぶっ殺してる。……細かい肉塊になるまで切り刻んでな」
感情がこもっていないかのような、抑揚のないイサークの声。
私は一瞬ゾッとし、どう言葉を返していいかわからないまま、無表情の彼を見つめていた。