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船旅十日目-ワケ有り護衛の告白(二)

 イサークは、まず、今まで自分がどうやって生きて来たか、そしてその生活が、どんなに貧しくて大変だったかを話してくれた。


 お母さんは、彼が小さい頃に亡くなって、お父さんも、彼が十六の頃に、亡くなってしまったそうだ。


 それからは、まだ幼かったニーナちゃんと、二人で生きてくために、さまざまな仕事を(時にはスリ、窃盗のようなことまで)して来たらしい。


 だけど彼は、盗みまではしても、人を殺すことだけは絶対にしないと、心に決めていた。

 詐欺とか、危ない薬を売るとか、人を不幸にすることで、利益を得るようなことも。


「――ま、盗みだって、罪であることには違いねえし、『人を不幸にするようなことだけはしねえ』なんてカッコつけてみても、これっぽっちも自慢にゃならねえことは、よくわかってんだけどな。それでも、悪い噂のある金持ちしか狙わねえって線引きすることで、どうにか気持ちの安定を保って、自己防衛してたってワケだ。……ヘッ。カッコ(わり)ぃったらねえよな」


 イサークはそう言って笑ったけど。

 そうすることでしか、生きて来られなかった彼のことを考えると、一緒になって笑う気にはなれなかった。



 私は今までずっと――向こうの世界でも、ずっと、衣食住満ち足りていた。


 服は、特に欲しいと思わなくても、ワンシーズンに数着は買ってもらえていたし。

 毎日、三食しっかり食べさせてもらって、お菓子だって、望めばすぐに買ってもらえた。

 両親(あ。桜さんのご両親、だった)が建てた一戸建ての家に住んで、自分専用の部屋だってあった。


 こっちに来てからは、お父様の『なるべく質素に』って理想の下、姫って身分にしては、控えめな衣食だとは思うけど。

 それでももちろん、空腹で耐えられない――なんて状態になったことはないし。

 豪華なドレスは、特別な席以外では着ないってことになってるから、まだ見たことはないけど、普段のシンプル系のドレスなら、クローゼットルームに、数え切れないほど並んでいる。


 それなのに、この世界には、貧しくて、その日を生きるだけでも精一杯って人達が、たくさんいるんだ。


 ……ううん。

 そういう人達は、向こうの世界にだっていた。どの世界にも、貧富の問題は必ずあるんだ。



 じゃあ、向こうの世界とこっちの世界では、何が違うかと言うと。

 それはやっぱり、私の置かれている立場、ってものだと思う。



 向こうの世界でなら、私は普通の高校生でいられた。

 政治や経済のことなんて、授業の中でしか考えたことなくても、子供だからって許してもらえただろう。


 でも、こっちの世界では、私は一国の姫で……。

 しかも、将来国を継ぐことになるかも知れないっていう、重要な位置に据えられてしまっている。


 これからは、政治も経済も、知りませんわかりません――なんてことは許されない。

 貧富の問題も、私に直接かかわって来ちゃうことなんだ。

 ううん。私がこれから、考えて行かなきゃいけない問題のひとつなんだ。



 ……重いな。

 やっぱり重い。


 課題は多過ぎて、問題はどれも大き過ぎる。

 それらの問題を解決するだけの能力が、私にあるだなんて、どーしたって思えやしない。


 先生には、『まだよけいなことは考えるな。今は学ぶべき時だ』って言われてるけど。

 それでも、いつか全てが、私の両肩に、重く圧し掛かって来ることになる。

 その重責から、逃れることは出来ないんだ……。



 イサークの話を聞かなきゃいけないのに。

 そんなことを考えていたら、どんどん重苦しい気分になって来て、吐き気すら覚える始末だった。


 それでも、どうにか我慢して、イサークの話に、耳を傾け続けた。



 『人殺しだけは絶対にしない』。

 そう思ってたはずのイサークが、何故、ギルを殺せなんて依頼を、受けることになっちゃったのか。


 ――理由は案の定、ニーナちゃんだった。


 彼が、自らの意思に反してまで、そんな大それたことをする理由があるとしたら。

 私には、ニーナちゃんしか思い付かなかった。


 イサークと、こんなにたくさん話をするのは、今日が初めてだけど。

 ニーナちゃんとは、いろいろと話す機会があった(ってゆーか、彼女と話したいからと、呼んでもらったこともある)から、二人がどれだけ仲が良い兄妹なのかは知ってる。

 だからこそ、彼女のためなら、イサークはどんなことだってするだろうって思えたんだ。


 ニーナちゃんを貧しさから救いたくて。

 美味しいものも、いっぱい食べさせてあげたくて。


 ……だからイサークは、危険な道に足を踏み入れちゃったんじゃないかなって。



 でも、私の予想はちょっと違っていた。

 彼が追い詰められた理由は、もっと複雑で――そして、どうにもやり切れない問題が含まれていた。

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