表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/251

船旅十日目-衝突

 デッキ中に響き渡るような声に仰天(ぎょうてん)し、私は、少しの間目をぱちくりさせながら、その場で固まっていた。


 いきなり怒鳴られて、ワケがわからなかった。

 だから、困惑が過ぎた後には、一気に怒りの感情が湧いて来た。


「なっ、何よ『バカヤロウ』って!? 失礼じゃない!! どーして私が、イサークにバカ扱いされなきゃいけないのっ!?」


「バカだからバカって言ってんだ!! このお気楽能天気姫がッ!! 『私の部屋で眠ればいい』だぁ!? あんた、その意味わかってて言ってんのか!? いくら護衛ったって、ろくに知りもしねえ男に――よくもまあ、そんなふざけたセリフが言えたもんだなッ!?」


 早口で責め立てられ、思わずひるみそうになったけど、どうにか自分を励まし、抗議を続けた。


「どっ、……どーして言っちゃ……いけないのよ? わ、私はただ……通路でずっと、寝ずの番してるなんて、イサークが可哀想だなぁって、思った……から……」


 もっと強気で立ち向かいたいのに。

 気持ちとは裏腹に、語尾はどんどん弱まって行く。


「可哀想!? 俺がっ!?……ハッ! ただの護衛に対して、ずいぶんとお優しいこったな。お姫さんってぇ生きもんは、みんなあんたみてーに、ヘラヘラと緊張感も警戒心もねえ、間抜けなヤツばっかりなのかよ?」


「まっ、間抜けですってぇえッ!?」


 からかうような口調でバカにされ、カアッと頭に血が上る。

 悔しさと恥ずかしさで、体が震え出しそうだった。


 それでもなお、イサークは態度を軟化させず、容赦なく私に突っ掛かる。


「あーあ、マヌケだね! これ以上ねえってくれーにマヌケだ! あんたほどの大マヌケ、今まで会ったことがねえよ! なんたって、どこの馬の骨とも知れねえ男を、自分の部屋に引き入れようってんだからなぁ!」


「そんな、馬の骨なんて……。何言ってるのよイサーク。あなたは、ギルの紹介でザックスに来たんじゃない。それって、ギルがあなたの身元や性格まで、保証してるってことでしょ? だから私、あなたを信頼して――」


「へぇーーーえ。あんた、こっぴどくフッたワリには、ずいぶんとあの王子のこと信頼してんだな? 王子からの紹介なら、どんなヤツだろうが受け入れるってか?」


「――っ!」



 『こっぴどくフッた』という言葉は、予想以上に鋭く、そして深く、私の胸をえぐった。


 ひどいと思ったけど……でも、私がギルをフッたというのは、否定出来ない事実で。

 ……悔しいけど、何も言い返すことが出来なかった。



「おーっと、その顔。痛いとこ突かれた~って感じかぁ?……ま、あんたらの事情なんざ、こっちにはどうだっていいことだがな」


 イサークは、さして興味ないと言った風に肩をすくめ、吐き捨てるように言い放つ。

 それから、意味ありげにニヤリと笑い、 


「……けどよ。さっきのあんたの発言。あれを王子が聞いてたら、きっと卒倒してただろうな。……いや。こんな尻軽姫との縁が切れて、むしろホッとするか」


 などと、侮辱的な言葉を吐いた。


「しっ、尻が――っ?……し、尻軽って、何よ? そんな……そんな言い方、ひど過ぎる……っ。わ、私はただ…っ」


 生まれて初めて、『尻軽』だなんて言われた。

 度を越した表現にショックを受け、思わず涙がにじみそうになったけど、唇をかみしめて堪える。



 ……泣かない。

 カイルに会えるまでは、絶対泣かないって――自分で決めたんだから。


 だから……だから負けない!

 こんな中傷くらいで、傷付いてなんてやらないんだから!!



 私はイサークを睨みつけ、勇気を奮い起して言い返した。


「何よッ!? ギルのこと信頼してて何が悪いの!? 婚約解消したら、もう信じちゃいけないの!? そんなバカな話、あるワケないじゃないッ!! それに、私がギルとの婚約を解消したのは、彼のことを嫌いになったからでも、信用出来ないと思ったからでもない!! 今だって好きだし、信じてる!! 信じてる人から託されたあなたのこと、同じように信頼して――いったい、何が悪いってゆーのよッ!?」


 一気にまくし立てると、イサークは、ちょっと驚いたように私を見つめた。

 だけど、すぐに目をそらし、辛そうに顔をゆがめてうつむく。


「え……? あの……イサーク?」


 戸惑いつつ、恐る恐る声を掛けてはみたけれど。

 彼はこちらに視線を戻すことなく、暗い海へ顔を向けたまま、独り言のようにつぶやいた。


「あんた……マジで大バカだな。俺がどんな男か、知りもしねえクセに……」


「え?」 


 さっきまでの強気な発言はどこへやら。

 イサークは、耳を澄ませれば、なんとか聞こえるほどの声で、先を続けた。


「俺は……ホントなら、とっくに死んでた。俺が今、こうしてあんたの前に立っていられんのは、あいつの……あの王子のお陰なんだ。俺は……俺は……」


「イサーク、どーしたの? なんか変だよ? もしかして、気分悪くなっちゃった?」


 急激な彼の変化が心配になって来て、気が付くと訊ねていた。

 イサークは、ますます苦痛に満ちた顔つきになり、静かに首を横に振った。


「いや、そうじゃねえ。……そうじゃねえんだ、姫さん。俺は――……」


「……イサーク?」



 ホントに、いきなりどうしたんだろう?

 こんなに辛そうで、弱々しいイサークなんて、初めて見た。


 ……って言っても、彼とはまだ、ほとんどまともに話したことないし、よく知っているはずもないんだけど。

 それでもやっぱり、彼がこんな風になってしまうなんて、想像すらしていなかった。


 何か、よほどの理由があるんだろうけど――急かすようなことはしたくない。

 私はただ黙って、彼が再び口を開くのを待った。




 しばらくの沈黙の後。

 イサークは、思い切ったように私を真正面から見据えると。


「この話は、あんたには黙ってろって、王子には言われてんだが……。けど、それじゃあ、やっぱり筋が通らねえって気がするんだ。俺は、これから当分の間、あんたと、あんたの国の世話になるってぇのに、都合の悪いこたぁ何も語らず、黙ってりゃバレやしねえなんて……そんなの、卑怯ってもんだろ? だから、これを知ったら、あんたがどう思うかなんてこたぁ、ひとまず置いとくことにして。洗いざらい白状する。……俺はな、姫さん。俺は……」


 そこでいったん言葉を切り。

 イサークは目をつむって、ゆっくりと深呼吸した。

 それからまた、私をまっすぐ見つめ、よく通る声で告げる。


「俺は、あんたの元婚約者である、ルドウィン国第一王子――ギルフォードを殺そうとした罪人だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ