船旅十日目-デッキにて
「いっ――! イサーク!? どーしてあなたがここにっ!?」
振り返った先には、いつの間にかイサークがいて、不機嫌そうな顔で、こちらをじっと見下ろしていた。
「どーしてって、決まってんだろーが。俺は、あんたを護衛するためにここにいんだぜ? 護衛相手のあんたが移動したら、そりゃー、移動したくなくたって、移動するしかねーだろーが」
「……え、でも……。なんで私がここにいるってわかったの? 自分の部屋にいたんだよね?」
先生同様、イサークにも、ちゃんと個室が用意されているはずだし。
……まあ、他の客室に行ったことはないから、どんな部屋かまでは知らないけど。
それにしても……こんな夜中に、護衛対象が部屋を抜け出したことを察知するなんて。
イサークってば、もしかしてエスパー?
――なんてことを思いながら、私が首をかしげていると。
呆れたように、私をジトリと見やってから、彼は深々とため息をついた。
「……ったく。マヌケな姫さんだな。護衛しなきゃなんねーってのに、部屋でノンキに寝てられるワケねーだろ」
「え? 部屋で寝てないの?……じゃあ、いったいどこで……?」
「あんたの部屋の前」
「私の部屋の――……って、ええッ!? まさかずっと!? 私が起きるまで、ずっとってこと!?」
「ああ。当たりめぇだろ」
「え……だって……。え……えぇええっ!?」
事の重大さに気付き、私は驚きの声を上げた。
そんな……。
私の部屋の前ってことは……通路に?……ずっといたってこと?
春とは言え、夜はこんなにも寒いのに……毎日、部屋の前で見張ってくれてたの?
「……あれ? でも、私が部屋を出た時、何度も周りを見回したけど……イサークの姿なんて、どこにも見えなかったよ?」
「用足しに行ってたんだよ。まさか、あんな夜中に、あんたが部屋を抜け出すなんざ、思ってもいなかったからな。戻ったら、ちょうどあんたの後姿が、通路の端に消えてくのが見えたもんで、慌てて追って来たんだ」
「そ……そー……だったんだ」
……そっか。
そう言えば、ここんとこずーっと、イサークったら、アクビばっかりしてたもんね。
もしかして、船酔いがひどかったりして、毎日眠れずにいるのかな?……なんて、思ってたりしたんだけど……。
寝不足の理由が、まさか、私の部屋の前で一晩中見張ってたから……だったなんて。
「ごめん、イサーク。私が、『お供は二人で充分』だなんて、言っちゃったから……。そーだよね。せめてもう一人くらい、護衛の人がいてくれた方がよかったよね。じゃなきゃ、イサークがずっと、私の側についてなきゃいけなくなっちゃうんだもんね……」
そんな簡単なことにすら、今まで気付きもしなかった自分が、恥ずかしくて堪らなかった。
城にいる時は、講義を受けている時間以外、昼間はシリルがついててくれてたけど。
夜は、部屋の前での見張りなんて、誰にもしてもらったことがなかったから……それと同じように、考えてしまっていた。
私自身についてはいなくても、城には、常に交代で見張ってくれている、守衛の人達がいるんだ。
夜でも、ずっと番をしてくれている人達がいるって認識が、完全に抜けてた。
長い間の外出時には、最低でも、昼と夜、交代でついててくれる人が必要だったんだ。
そうじゃなきゃ、一日中イサーク一人に、負担が掛かってしまうもの……。
「ホントにごめんね、イサーク。ごめんなさい! 私、夜の見張りのことなんて、全然考えてなかった。城にいる時の、シリルの場合と同じに考えちゃってた」
「べつに構わねえさ。あんたが、あの嫌味眼鏡に学問とやらを教わってる間、どーせこっちは暇なんだしよ。そん時に、ちゃんと休ませてもらってるぜ?」
「でも! 講義は午前中三時間、昼食後に二時間、それから一時間の休憩挟んで、夕食までの二時間って感じで、途切れ途切れだし……。そんなんじゃ、ぐっすり眠ったりは出来ないでしょう?」
「――あ? そーでもねーぜ? いつも普通に眠れてるって」
「嘘! だってイサーク、船に乗ってからってゆーもの、毎日アクビばっかりしてるじゃない! あんな状態で、ちゃんと普通に眠れてるなんて……悪いけど、信じられない」
「う――っ。……そ、そりゃまあ、充分ってほどじゃねーけど……」
語尾を弱めて行きながら、イサークは気まずそうに視線をそらす。
そんな反応を見て、私はますます、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
……バカ。
私のバカ!
イサークにこんな無理させて……。
しかも、今日になるまで気付かなかったなんて。
どうしよう……?
船旅はまだまだ続くのに。
寝不足状態が、この先もずっと続いたら、イサークの体に支障が出ちゃうに決まってる。
何か……何かないのかな。
イサークも休めて、私も危険を感じずにいられる方法って?
必死に考えていると、ある案が、フッと頭に浮かんだ。
「そっか! これならイサークも寒くないし、眠ろうと思えば眠れるし……私も安心して眠れる!」
我ながら、良い案を思いついた。
私は大満足して、得意げに自分の思いつきを語った。
「ねえ! イサークも、夜は私の部屋で眠ればいいんだよ! ベッドはひとつしかないから、ソファを使ってもらうことになっちゃうけど……通路なんかと比べたら、断然マシでしょ? 一緒の部屋なら、ぐっすり眠っちゃったとしても、怪しい人が入って来た時点で、物音とか足音とかで気付くだろうし。――ねっ? 早速、今夜からそうして?」
彼はポカンとした顔で、しばらくの間、私をまじまじと見つめていた。
だけど、見る見るうちに顔色を変え、しまいには、鬼のような形相になって、私を怒鳴りつけた。
「っざけんなバカヤロウッ!! あんたいったい、何考えてんだッ!?」




