船旅十日目-萌えの供給不足問題
出港から十日ほどが過ぎ、ようやく、船での生活にも慣れて来た頃。
私には、ある問題が発生していた。
……ううん。『問題』なんて言い方は、大袈裟過ぎるかも知れない。
でも、私にとっては重大な――それくらいオーバーに言ってみたくもなっちゃうくらい、深刻なことだったりするのだ。
……うん。
やっぱり『問題』だよ、これは。
問題も問題。大問題よ!
何故って、ここ(船)には『萌え』が足りないッ!!
『萌え』の対象が、どこ探したってひとっつもないんだからッ!!
ああ……シリルに会いたい。セバスチャンに会いたい。
シリルとセバスチャンを、同列に考えるのはどーなの?――とは、我ながら思うけど。
タイプは全く違えど、同じ『萌え』の対象であることには違いないんだから……まあ、しょーがないよね。
うぅ…っ、見た目も中身も可愛い、シリル(とニーナちゃん)に会いたい。
中身はともかく(ううん。中身も可愛いっちゃあ可愛いんだけど。可愛いおじーさんなんだけど)、見た目は文句なく可愛い、セバスチャンに会いたいよぉ!
……こーゆーのも、ホームシックって言うのかな?
寂しくて寂しくて堪らない……。
ベッドの上で、右に左にと、せわしなく寝返りを繰り返す。
タバコなんかの嗜好品を切らすと、大人の人達は、イライラしたりするって話はよく聞くけど。
今の私は、まさにそんな感じだった。
萌えよ萌え! とにかく萌え!
圧倒的に、萌えが足りないのよッ!!
私に!
早く私に〝萌え〟を! 〝可愛い〟を!
誰でもいいから提供してプリーーーーーズッ!!
私はガバっとベッドから起き上がり、思い切り頭を振った。
「あーもーっ! このままじゃ全っ…然、眠れないっ!!」
声に出して、大きなため息をひとつ。
どんなに渇望したってムダ。
ここに、シリルやニーナちゃんやセバスチャンを召喚することなんて、出来っこないんだから。
だからと言って、彼ら以上の〝可愛い〟存在なんて、簡単に見つかるワケがない。
私達のいる一等客室(その中でも、国王級のVIPしか使うことが許されない、特別室ってヤツ)は、どうやら、他の客室とはかなり離れた場所にあるらしく。先生とイサーク、そして数人のスタッフさんの姿以外、未だ目にしたことがないから……そもそも、探し出すなんて出来そうもなかった。
船の中を冒険したくても、一等客室以外には行ってはダメだと、先生に、キツくキツーく言われているし。
もし、言いつけを無視しようものなら、どんなお仕置きが待ってるだろうって考えると、恐ろしくて行けやしない。
(それに、冒険したいからって勝手に一人で行動して、もし、私に何かあったりしたら……迷惑こうむるのは、先生とイサークなんだもんね。一応私ってば、ザックス王国第一王女って立場だし……兄弟もいないから、死んじゃったら、本当に大変なことになっちゃうんだ……)
つくづく、姫になんてなるもんじゃないなと、二度目の大きなため息が漏れる。
私は無理に眠ろうとするのを諦め、靴を履き、側にあったガウンを肩に引っ掛けた。
それから、そうっとドアを開け、周囲に誰もいないことを確認すると。
なるべく足音を立てないように注意しながら、夜のデッキへと向かった。
*****
「う~~~っ。さっむ~~~いっ!」
デッキに出たとたん、強風が吹き付けて来た。
肩に掛けていたガウンの襟元を、素早く胸の前で重ね合わせ、体を丸める。
うぅぅ……っ。
春とは言っても、夜はまだまだ寒いなぁ。
しかも船の上じゃあ、陸上より寒くて当たり前かぁ……。
一瞬、船内に戻ろうかとも思ったけど。
結局私は、体をさすりさすりしながら、船首の方に移動した。
船首寄りの手すりを、両手でそっとつかむ。
思わず『ひゃっ』と声を上げてしまうほど、手すりは冷たくなっていた。
だけど、こんな暗い場所だ。何かにつかまっていないと、誤って海に落ちてしまいそうで。
なんとなく不安だったから、私は手すりをつかんだまま、暗い海を見つめる。
うわぁ……真っ暗。
ずっと見てると、引き込まれてしまいそう。
今みたいに、誰もいないところで海に落ちたりしたら、気付かれることもないだろうし、当然、助かりもしないだろうな……。
考えたらゾッとして。
慌てて顔を上に向け、星空を仰いだ。
無数の星々が、まるで炭酸水の泡のように、パチパチと瞬いている。
『パチパチ』……ってのは、変かな?
でも、瞬きの数がハンパなくて、そんな風に感じちゃったんだもの。
どう感じるかは、人それぞれ。
星の瞬きを表す言葉は、『キラキラ』じゃなきゃいけない――なんて決まりはないはず。
うん。だから、パチパチ。
無数の星が、パチパチと泡がはじけるみたいに輝いていて、とってもキレイ。
「この星空を……きっと、どこかでカイルも見てるよね?」
無意識につぶやいて、ハッと我に返る。
抑え込んでいた想いが、ダムが決壊するみたいに溢れ出しそうで……。
怖くなって、私は自分の体をギュッと抱き締めた。
「カイル?……そいつが、王子との婚約を解消することになった元凶か?」
突然、後ろから聞き覚えのある声が降って来た。
私は『ヒャッ!?』っと悲鳴を上げた後、声の主を振り返った。




