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前途多難な幕開け

 先生に、『船上では、みっちり仕込んでやる』みたいなことを言われた時は、内心ゲゲッと思ってしまったけど。

 よくよく考えてみると、『船上では』と言うことは……。


「えっ? 『学問を教えてやれるのは、船上でだけ』!?……じゃ、じゃあ、蘇芳国では、先生の講義はないんですかっ!?」


 そのことに思い当たった私は、ついつい、声を弾ませてしまっていた。


「……ほほぅ? ずいぶんと嬉しそうだな? まさか君は……私の講義の時間が、苦痛だったと言いたいのか?」


 不快そうに眉根を寄せる先生に、私は慌てて首を振る。


「ちっ、違いますっ! 苦痛だなんて思ってませんっ!……ただ、蘇芳国では勉強しなくていいだなんて、あまりにも意外だったから、つい……」


「誰がそんなことを言った? 『教えてやれるのは船上でだけ』とは言ったが、学ばなくていいなどとは、一言も言った覚えはないぞ」


「へっ?……え……だって、先生が教えてくれないなら……」


「教わらなければ学べないのか、君は? 自ら学ぼうと思えば、学ぶ方法などいくらでもあるだろう。その歳にもなって、自主学習すら出来ないのか?」


「……あ、ああ……。そーゆーこと、ですか……」



 要するに、『こっちは自分の研究で忙しいから、そっちはそっちで、勝手に自習しとけ』ってことなのね。



「でも、研究とか調査で忙しいなんて言ってても、なんだか楽しそうですよね、先生。そんなに蘇芳国って、珍しい国なんですか?」



 自分も蘇芳国に行かせてほしいって、わざわざ、お父様に嘆願書を提出したみたいだし。

 なんとなーく、普段の先生より、ソワソワしてるように見え……なくもない、ような気がするし。



 でも、私の質問なんて軽く受け流して、答えてくれないんだろうな、と思ってたら。

 先生は珍しく興奮気味に、


「もちろんだ! あの国は、まだまだ謎の部分が多いからな。島国だからということもあるのだろうが、独自の文化や思想を持ち、珍しい動植物の宝庫であるとも聞く。昔から興味はあったのだが、何せ遠いからな。行きたいと願ったところで、金も時間も掛かる。とうてい不可能だ。奇跡のような幸運でも訪れない限り、蘇芳国へ行く機会などありはしないだろうと、諦めていたんだがな」


「へえー。そんなに昔から、興味持ってたんですか。じゃあ。よかったですね。運良く、雪緋さんが訪ねて来てくれて」


「まあ、そうだな。君の教育係を引き受けていなければ、このような幸運には、巡り合えなかっただろう。……感謝している」


「フフッ。――ですって、雪緋さん。感謝されちゃいましたね。先生が、素直に感謝を口にすることなんて、滅多にないのに。だから貴重ですよー?」


 わざと茶化すような口振りで、先生をチラ見する。

 雪緋さんは、大きな体を縮こめるようにして、さっきからずっと、側で控えてくれていたんだけど、


「は?……そ、そうなのですか? それは、その……お、恐れ入ります」


 不思議そうに小首をかしげると、先生に向かって、ペコリと頭を下げた。


「べつに、恐れ入ることはない。――君も、適当なことを言うのはやめたまえ。それで、私をからかっているつもりか?」


 冷めた目で見下ろし、先生は不機嫌そうに腕を組む。

 彼のそんな態度にも、慣れっこになってしまっている私は、少しも動じることなく言い返した。


「まさか。からかってるつもりなんてありませんよ。私は、本当のことを言っただけです。ねっ、イサーク?」


 今度は、やっぱり腕組みして、さっきからずっと、面白くなさそうにそっぽを向いているイサークに、話を振ってみる。


「ああ? そんな毒舌陰険男のことなんざ、この俺が知るかよ」

「ど、毒舌――陰険、男?……ははぁ、なるほど」


 言い得て妙だわ。――なんて、思わず感心しちゃってたら、


「『なるほど』?」


 すかさず、先生にギロリと睨まれてしまい、焦った私は、思い切り首を横に振った。


「いっ、いーえっ!……な、なんでもないですごめんなさいすみませんっ!」



 ……まったく。まいったなぁ……。

 仲が良くないってのも承知の上で、この二人をお供に選びはしたものの。

 ここまで険悪だなんて、さすがに思ってなかったってゆーか……。



 実は、城を出る時にも、一騒動あったんだよね。


 港までは、馬車で送ってもらうことになってたから、メンバーの初顔合わせも、門の前だったんだけど。

 先生の姿を見つけたイサークが、


「どーゆーことだよ姫さん!? こいつもついて来るなんざ、俺は一言も聞ーてねーぞっ!?」


 なーんて怒り出しちゃって。

 私が必死になだめてたら、


「私がいるのが気に入らないと言うのであれば、そちらが護衛を辞退すれば済むことだろう? ただし、代わりの護衛を、至急連れて来るのが条件だがな。――さあ、どうした。時間がないぞ? さっさと代わりの者を連れて来たまえ」


 とかって、イサークを挑発するようなことを、先生が言っちゃって……。



 それからしばらくの間、二人はあーだこーだと言い争っていたんだけど。

 私が先生を、ニーナちゃんがイサークを説得して、言い争いを中断させて。

 とにかく時間がないってんで、御者さんに馬車を飛ばしてもらって、船の出港時間ギリギリにすべり込み、事なきを得たっていう……。



 ……ハァ。

 これから、一ヶ月以上も船の上にいなきゃいけないってーのに、こんなんで大丈夫かなぁ?

 船旅一日目にして、メチャメチャ前途多難なんですけど……。



 セバスチャンには、あんな大見得(おおみえ)を切っておきながら。

 無言で睨み合う二人の顔を、ため息つきつつ交互に見つめ。

 二人をメンバーに選んだことを、私は早々に後悔し始めていた。

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