楽観的な姫君
イサークを護衛にすると伝えたとたん、セバスチャンはすごく驚いて、
「ひ、姫様? あ……あの者は、オルブライト様と仲がよろしくないようだと、たった今、申し上げたはずでございますが……?」
恐る恐るといった様子で、こちらの顔色を窺う。
私は大きくうなずいて、言われた内容は理解していることを示した。
「うん。ちゃんと聞いてたよ?――でも、それくらいどーとでもなるでしょ。今は仲が悪かったとしても、旅の途中で仲良くなることだって、充分あり得るんだから」
「そ、そのように、簡単に行きますかどうか……。船という孤立した場所で、長い間、共にいなくてはならぬのですぞ? 途中で気まずいことが起こったとしても、逃げ場は一切ないのですぞ? 仲が良くなるどころか、悪くなってしまう可能性の方が、むしろ大きいように思われるのですが……」
「ん~……。確かに、そっちの可能性もあるにはあるけど……。ま、その時はその時だよ。それにほら。二人の相性が悪かったとしても、個人個人を見れば、悪い人じゃないっていうのは、もうわかり切ってるんだし。お互いの内面を、もっとよく知る機会さえあれば、ぜーったい、仲良くなれると思うんだ!」
「……ひ……姫様……」
セバスチャンは、まだ何か言いたそうにしてたけど。
やがてガックリと肩を落とし、説得するのは諦めたかのように沈黙した。
私が、言い出したらきかない性格だってこと、イヤってほどわかってるもんね。
言っても無駄だって、思い直したのかも。
まあ、とにかく。
もう一人のお供は、イサークに決定!
彼さえ、護衛として蘇芳国に行くことを承知してくれれば、何の問題もないはず!
「よーっし! それじゃあセバスチャン、早速、イサークにお願いして来てくれる? 彼がこの話を受けてくれたら、もういつでも、蘇芳国に旅立てるでしょ?」
「ピッ!? ま、まさか姫様。お供は、オルブライト様とイサーク、この二名のみと、おっしゃるわけではございませんでしょうな?」
何故か、慌てたように訊ねるセバスチャンに、私はこっくりとうなずいた。
「もちろん、そのつもりだけど? 何か問題ある?」
「もっ、ももも問題など、あるに決まっているではございませんか! ザックス王国の姫君が、外国へ渡られるのですぞ? 共がたった二名などあり得ません! どんなに少なく見積もりましても、あと四~五名は選出しませんと――」
「えーっ? ヤダよそんなの。メンドクサイもん。――だーいじょーぶ。二人で充分だってば」
「じゅっ、充分であるはずがございませんでしょう!? ザックス王国次期女王に、おなりあそばすかも知れぬ姫様に同行する者が、たった二名だなどと!!……あり得ません!! どう考えましても、あり得ぬことでございます!! 私は、断じて賛同いたしかねます!!」
「えぇ~?……もう。心配性だなぁ、セバスチャンってば。大丈夫だって言ってるのに」
「大丈夫ではございませんッ!! 遠く離れた異国の地で、姫様にもしものことがございますれば、このセバス、死んで国王陛下にお詫びせねばなりませ――」
「だーかーらぁ! だーいじょーぶだってばっ!! 私、そんなにヤワじゃないし。蘇芳国の治安が悪い――ってワケでもないんでしょ?」
「そ、それは……。そう……では、ございますが……」
「だったら、心配いらないよ。あのイサークって人も、なんだか強そうだったじゃない? 先生は……武道の方は頼りにならないかもしれないけど、そのぶん、知力があるしね! もしも、頭脳戦が必要な状況に追い込まれたとしたって、先生さえいてくれれば、怖いものなし! 勝ったも同然よ!」
うん、そーだよ。
人生に勝利するための条件は、『知力、体力、時の運』――って、どこかで聞いたような気がするし。(……ん? 人生だったっけ? なんか違うような気もするけど……。ま、まあいっか。たぶん、似たようなことよ)
もし、それが事実だとしたら。
知力は先生、体力はイサーク。私は、結構運がいい方だと思ってるから、残りの時の運だってバッチリでしょ!
三人揃えば、怖いものなし!
ぜーーーったい、大丈夫!!
……なんてことを、繰り返し主張しつつ。
私は、セバスチャンを納得させることに成功した。(しぶしぶではあったけど)
そして、イサークの了解も、どうにか取れた数日後。
いよいよ私達は、蘇芳国へ向かう船に乗るため、港へと出発した。