意外なお供
シリルのお家から、お供辞退の申し出があったことを知り。
希望の光が一瞬にして消え去った気がして、私はガックリと肩を落とした。
でも、シリルのお家の人達からすれば、行かせたくないって思うのが当然だよね。
私だって不安だもん。お母様が生まれた国って言っても、全然知らない国に行くなんて。しかも、一ヶ月以上も掛かるだなんて。
シリルは一人っ子で、その上、お父様が、だいぶお年を召されてから生まれたってこともあって、すごく大事にされてるんだって、前にちらっと聞いたし。
……そうだよね。
待望の跡継ぎ――たった一人の大切な息子に、無茶なんてさせたくないよね……。
なんとなく、気分が落ち込みそうになってしまったけど、どうにか気力を振り絞って笑顔を作った。
「そっか。じゃあ急いで、お供してくれる人が他にいないか、確かめなきゃ!」
「はい。左様でございますなぁ。失礼ながら、オルブライト様には、護衛としての能力があるようには思えませんので。他にも数名、護衛役を選びませんと」
「うん。そーだよね。先生に護衛頼むなんて無…っ、…………え? ちょっ、ちょっと待って!? 今の言い方だと、先生も一緒に行く――みたいに聞こえちゃうんだけど?」
慌てて訊ねる私に、セバスチャンは当然のことのようにうなずいた。
「はい。オルブライト様も、姫様と共に、蘇芳国へ参られるそうでございますぞ」
「ええッ!?……なっ、なんで!? どーして先生も一緒に行くのっ!?」
「どうしてと申されましても……。どうやら、ご自身の研究のため、昔から蘇芳国に行きたいと、熱望しておられたそうでございますぞ? 何せ、オルブライト様ご自身が、直接陛下に、嘆願書をご提出なさったそうですので」
「昔から行ってみたかった? 自分の研究のために?……へえぇ~……。あの先生に、そんな夢があったなんて……」
意外――ってほどではないにしても。
先生と『夢』なんて、あんまりしっくり来る言葉じゃないよね。
でも……そっか。
一ヶ月以上も先生と、同じ船の上で生活することになるのかぁ……。
うぅ~ん……。
言っちゃ悪いけど、ますます不安になって来ちゃった。
先生のことだから、城だろうと船だろうと関係なく、ギッチギチに、勉強する時間を組み込んで来るだろうし。『旅の途上は講義なし』……なんてことには、絶対ならないだろうしなぁ。
ちょこっと憂鬱になって来ちゃったけど。
全然知らない人と、一ヶ月以上一緒にいなきゃいけない……って場合よりは、遥かにマシなんじゃないかな。
……うん、そーだ。きっとそーだ。
絶対、そーに決まってるってば!
無理にでも納得しなきゃ、やってられない。
私は必死に、自分に言い聞かせ続けた。
*****
お供の一人は先生――ってことで、決まっちゃってるみたいだから。
それはまあ、とりあえず良しとして。
あとのお供は誰にしよう?
――って考えた時に思い浮かんだのは、たった一人しかいなかった。
それは、例の彼。
ルドウィン国からやって来た、何やらワケ有りっぽい兄妹の、お兄さんの方。
どうして、彼の顔が浮かんだかって?
答えはすごく簡単。
この城で、他に印象に残ってる人――その上、護衛を任せられる人って言ったら、彼くらいしかいなかったからだ。
だって、しょうがないじゃない?
この城の人達ってば、普段から、『王族には、働いている姿を見せてはいけない』って、昔、誰かが広めたっぽい妙な決まりを、今でも忠実に守ってるんだもの。
私に姿を見せてくれた人なんて、この前、本城に行った時に見送ってくれた、門番さんや騎士見習いさんやらの、数名だけしかいないし。
その時見た人達だって、ほとんど顔とか忘れちゃってるしね……。
だから、例のワケ有りっぽい彼の顔しか、浮かんで来なかったんだ。
セバスチャンに相談すると、
「ふむ。あのイサークとかいう若者でございますか……。ふぅむ。しかしそれは、少々難しいやも知れませんぞ?」
困ったように首をかしげ、じーっと私を見つめる。
「え? 難しいって、何が?」
キョトンとする私に、セバスチャンが話して聞かせてくれた内容を要約すると。
つまりは、こういうことらしい。
まず、イサークと先生は、すごく仲が悪いということ。
二人が激しく言い争ってるところを、セバスチャンは、何度か見掛けたことがあるんだそうだ。
そして彼は、かなり浮いた存在らしい。
騎士見習いの人達の中にも、彼のことをよく思っていない人が、相当数いるんだって。
これが単なる噂なら、そんなに気にすることもなかったんだけど。
セバスチャンのところに、彼に対する不満や苦情なんかが、しょっちゅう寄せられてるってことで……。
だから、彼が周りからよく思われていないってことは、疑いようのない事実なんだろう。
でも……そっか。あのイサークって人、浮いちゃってるのか……。
ウォルフさんに、『二人のことはお任せください。悪いようにはしません』なんて、よく考えもせずに言っちゃったから。
あの後、お父様に必死にお願いして、彼を『騎士見習い』としてこの城に置くことには、一応、成功したんだけど……。
あれから、私もいろいろと忙しくて、あの兄妹のことは、完全に、セバスチャンに任せっきりになっちゃってて。
今、彼らがどんな風に過ごしているのか(特にお兄さんのイサークのことは)、ほとんど把握出来てないんだよね。
先生とイサークの仲が悪いらしい――って話は、それほど驚かなかった(ってゆーか、そもそも、あの先生と気が合う人なんているの? いるって方が、ビックリしちゃう気がする)けど。
騎士見習い達の中で、彼が浮いちゃってるって話は、気にせずにはいられなかった。
だって、彼(とニーナちゃん)は、ルドウィンから預かった、大切なお客さんのようなものだもの。
騎士になりたいって希望を叶えた後、彼が、どんな道を選ぶのかは、まだわからないけど。
立派な騎士になれるまで、私が、責任持って見ていてあげなきゃ。
……そうでなきゃ、彼を私に――この国に託してくれたギルに、申し訳が立たないもんね。
「よし! やっぱり、護衛はイサークに決めた!」
キッパリ宣言すると、セバスチャンは『ピギャッ!?』という奇声を上げ、一瞬フリーズした。