大きな使者
その大きな男性が、この国の人じゃないのは、ひと目でわかった。
だって、服装からして東洋……ううん。なんてゆーか、和。めっちゃ和服っぽい服を着ていたから。
中国っぽい服にも見えるけど、どっちかって言えば、日本の着物の方が近い印象。
う~ん……。着物……とも、ちょっと違うか。
なんだかこーゆー服、昔の絵とかテレビとかで、目にしたことはあるんだよなぁ……。
え~っと、確か……江戸時代より、もっと昔の人が着てた服、だったよーな……。
いつの時代だったっけなぁ?
日本史って、そんなに得意でもなかったから、ど忘れしちゃったよ。
神社の神主さんとかも、こーゆー服着ることがあったよね? なかったっけ?
……あ、そーだ。
日本の天皇陛下や皇室の方々も、何かの式典とか結婚式の時に、こんな感じの衣装、着てた気がする。
服の名称は知らないけど……でも、えっと……えーっと、あれは……たぶん、奈良――……。
そうそう、そーだよ!
奈良時代とか平安時代とか、その頃の貴族やお役人とかが着てた衣装! あーゆーのに似てるんだ!
奈良と平安。
どちらの時代の衣装の方が近いかまでは、考えても答えを出せそうになかったから。私はさっさとそれを諦め、服以外のところに目を向けることにした。
まずは身長。
お父様と比べると、明らかに、和服っぽいものを着た男性の方が高い。
お父様の身長は、ギルと同じくらいだと思うから、見た目だけの印象だと、一メートル九十センチは、か~るく超えてるはず。
体つきはガッシリして見えるけど、太ってるってワケじゃなさそう。
顔の輪郭は引き締まってるし……って、あれ? この人の髪、よく見たら真っ白だ。今まで気付かなかったのが不思議なくらい、見事なまでに純白。
お爺さんっぽくは見えないけど……もしかして、私の受ける印象以上に、お年寄りだったりするのかな?
口は大きくて、鼻は高い。ここら辺は、東洋人っぽくないかも。
目は……残念ながら、長い前髪に隠れていて、確認することは出来なかった。
「あの……お父様? この方は、お幾つなんでしょう?」
直接訊ねたかったけど、まだ紹介も済んでないのに、いきなり訊くのは失礼かなと思って、まずはお父様に訊いてみた。
「幾つとは、年齢のことかね? 何故そんなことを?」
「あ、いえ……。お父様より、かなり年上の方だったとしたら、立ちっ放しのままっていうのは、辛いんじゃないかと思って。もしよかったら、座っていただこうかな、と――」
それに、こんな大きな人に突っ立っていられたら、威圧感がハンパないってゆーか、落ち着かないんだもの。
「こ、これは失礼いたしました! あまりにも、紅華様に面差しが似ていらっしゃいましたもので、思わず見惚れ――……っいえ! ぼんやりしてしまいました!」
突っ立ったまま、ピクリともしなかったその人は、我に返ったように声を上げた。
深々と一礼してから、その場に正座し、
「私、名を雪緋と申します。蘇芳国の帝の命を受け、ザックス王国の国王陛下に、さるお願いを叶えていただきたく、参上つかまつりました!」
大声で告げ、床に額を擦り付けんばかりの勢いで頭を下げた。
「ふぇっ!?……え、なっ、何っ? なんでいきなり土下座なのっ?」
悪いことしたワケでもないのに、土下座なんかされてしまい、焦った私は、助けを求めるようにお父様に視線を向けた。
お父様は苦笑いなんかして――でもどこか、親しい友人のすることを見守ってでもいるかのような、優しい眼差しでその人を見つめると、
「雪緋、リアが驚いているぞ。頭など下げる必要はない。早く顔を上げなさい」
穏やかな声で指示してから、私へと目配せし、小さくうなずいた。
「は、はい! 申し訳ございません! では……失礼いたします」
そろりそろりと上体を起こし、更にゆっくりと顔を上げた瞬間。
前髪の隙間から、彼の瞳の色がちらりと覗き、私は『あっ』と声を上げてしまった。
一瞬。ほんの一瞬だったけど、確かに見た!
それは、今まで目にしたことがないような瞳の色。ハッとするほど鮮やかな赤。
彼の真っ白な髪から覗いた真紅の瞳は、まるで、雪原にこぼれ落ちた赤い木の実みたいに思えた。
私は、もう一度その実が見てみたくて、失礼だと思いつつも、彼の顔を食い入るように見つめてしまった。
「あ……あの……。ど、どうかなさいましたか? 私は何か、失礼なことをしてしまいましたでしょうか……?」
ゆきひさんの不安そうな声で我に返り、私は慌てて首を振った。
「う、ううん! 違うの! ごめんなさい。じっと見つめちゃったりして。……あの、一瞬見えた瞳の色が、髪の白に映えて、とっても綺麗で……。雪の上の赤い実みたいだなって、見惚れちゃったんです。気を悪くさせてしまったのなら、本当にごめんなさい」
『雪の上の赤い実』だなんて、何恥ずかしいこと言っちゃってんだろう、私ったら?
これじゃあ、ギルのこと、『いちいちたとえが大袈裟』だなんて言って、呆れられないな……。
きっと、ゆきひさんも呆れているだろう。
恐る恐る様子を窺った私は、またしても、驚きの声を上げる羽目になった。
何故なら、彼の隠れた目の辺りから、幾粒もの涙がはらはらと流れ落ち……。
太ももの辺りに、小さな染みを点々と生み出していたからだ。