おしゃべり騎士の独壇場
お父様のところまで、『アルベリヒ騎士団』のマティアスさんに案内してもらっている途中。
彼からは、あぜんとしてしまうほど、矢継ぎ早に様々な話が語られ、私は退屈する暇も与えられなかった。
彼は、『こんなにも話す人だったんだ?』って呆れてしまうくらい、よくしゃべった。
あまりにも、息つく暇なくしゃべり続けるものだから、一瞬、
(もしかして、私を飽きさせないように、無理して話してくれてるのかな?)
なんて考えてみたりもしたんだけど、どうやら、そういうことでもないらしく。
本当に、普段からおしゃべりな人のようだった。
どうして、それがわかったかと言うと。
彼以外の騎士さん達が、揃ってゲンナリした顔で彼を眺めていたし。
途中で、
「シュターミッツ殿。いい加減、その辺りで、お話を切り上げられてはいかがですか? 姫殿下が、お疲れになられてしまいますよ」
って、口を挟んで来た人がいたから。
それに対して、マティアスさんは、
「ん?――いや、そんなことはあるまい。姫殿下は、先ほどからたいそうご熱心に、私の話をお聞きくださっている」
他の騎士さんに言った後、こちらに向き直って、『いかがでしょう、姫殿下? 私の話は、退屈でございますか?』と自信たっぷりに訊ね、極上の笑みを浮かべた。
私は慌てて首を振り、『いえっ、全然!』と返す。
すると、彼は満足げに微笑んで、お父様の執務室? だかなんだかに着くまで、再び延々と話し続けた。
その間、他の騎士さん達は、諦めたように深いため息をついたりしながら、後ろからついて来ていたけど。彼らの気遣いに、心の内で感謝しつつも。私は、マティアスさんが語ってくれた話に、すごく熱心に聞き入っていた。
だって、彼がしてくれる話は、
「アルベリヒ騎士団の〝アルベリヒ〟は、国王をお守りするためにその身を盾にし、最期まで勇敢に戦い抜いた、数百年前の騎士の名を拝しているのです」
とか、
「私は幼少のみぎりより、国王陛下――いえ、その頃はまだ、皇太子であらせられましたが――、陛下に憧憬の念を抱いておりまして。アルベリヒ騎士団の一員になることを、ずっと夢見て参ったのです。私が騎士団に入団することが叶いましたのは、姫殿下の母君であらせられる紅華様が、この国に嫁いでいらっしゃる前のことでしたが……あの時分は、このマティアス、打ち震えるほどの感動を覚えたものです」
なんて、今まで誰も教えてくれなかったお母様のこと(名前だって、彼の話で初めて知った)まで話してくれて、すっごく嬉しかったんだもの。
……まあ、みんなだって、べつに内緒にしてたワケじゃないんだろうけど。
私からは、訊ねることすらしなかったし……誰も話してくれなかったって拗ねるのは、筋違いだよね。
とにかく、私はすっかり、彼の話に夢中になっていた。
夢中になりすぎて、『お母様のこと、もっと聞かせて?』なんて、お願いしようとしていたほどだ。
でも、いつの間にか目的地――お父様の執務室に着いてしまっていて。
マティアスさんの話は、残念ながら、そこで終了ということになった。
ちょっとガッカリなんてしながらも。
私はマティアスさんに促されるまま、執務室に入った。
アルベリヒ騎士団の人達は、お父様に一礼して挨拶を済ませると、早々に退出して、何処かへと去って行った。
私は閉じたドアをボーッと見やり、
(そー言えば、マティアスさんって幾つなんだろう? 二十代半ばくらいに見えるけど、騎士団に入ったのが、お母様がお嫁に来る前ってことは……えーっと……)
考えてはみたものの。
アルベリヒ騎士団には、幾つくらいから入れるものなのかもわからなかったし。
十代から入れたとしても、お母様がお嫁に来た年齢が、確か、十五とか十六とかって聞いた気がするし……。
(えっ!?――ってことは、確実に三十歳は越えてるの!?……うわ~っ、信じられない。お肌ツルッツルのツヤッツヤだったし、中年要素なんて、これっぽっちも感じさせなかったのになぁ……)
感嘆のため息を漏らした後、私は本来の目的を思い出し、ハッとなってお父様を振り返った。
ゆったりとした、立派な椅子に腰掛けていたお父様は、私と目が合うと、おもむろに立ち上がる。顔には、優しい笑みが浮かんでいた。
こうやって向き合うのは、数ヶ月振りだろうか。
そのせいか、私は、必要以上に緊張してしまっていた。
親子なのに、会うのが数ヶ月振りってこと自体、信じられないんだけど……。
まあ、事実なんだから、仕方ないよね。
私は、お父様から少しだけ視線を外すと、ドレスの端をちょこっとつまみ、なるべく優雅に見えるよう、一礼してみせた。(姫らしい挨拶の仕方は、これでいいはずなんだけど……。イマイチ自信が持てなくて、ドキドキしてしまった)
お父様は、私の顔を数秒じいっと見つめると、緊張を和らげようと思ったのか、穏やかな声で語り掛けた。
「リア。そうかしこまらずともよい。この場には、おまえと私――そして、雪緋しかおらぬのだからな」
私は反射的にうなずいて、
「はい。……っと……え? ゆき、ひ……?」
聞いたことのない名前だったから、思わず首をかしげてしまった。
何気なく視線を横に流すと、急に大きな影――いや、人の姿が視界に入り、私はギョッとし、短い悲鳴を上げた。