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はじまりの庭、これからの二人

 武術大会が行われた日から、早いもので、もうひと月が過ぎようとしている。

 私の日常は変わらないままだけど、カイルにとっては、きっとそうではなかったはずだ。


 まず、正式にグレンジャー家の養子となることが決まったし、それに伴い、本当の家族との話し合いも行われることになった。


 実を言うと、カイルはこの話し合いには乗り気ではなかったらしい。

 特に父親とは昔から確執があったようで、話し合いの前日、彼は珍しく険しい表情をしていた。


 でも、不思議なことに……城に戻ってきた時の彼は、妙にスッキリとした顔をしていて。

 いろいろと訊きたいこともあったけど、私は気持ちをぐっと堪え、彼から話してくれるのを待った。



 だけど、その日は思ったより早く訪れた。

 なんと、話し合いがあった翌日に、彼はためらうことなく父親とのことを話してくれたのだ。


「実は――昔から、父を恥ずかしく思っていたんです」


 カイルは苦笑いを浮かべながら、静かに語った。


「いつも、家を大きくすることばかり考えている人でした。家に戻ることはほとんどなく、私と母と妹は、ずっと寂しい思いをしていました。しまいには、貴族の称号まで金で手に入れて……。そんな父の行動が、私には長いこと理解できませんでした」


「でも、それはもしかして……」


「……はい。全て私のためでした。『大きくなったら騎士になりたい』と語っていた息子の夢を叶えるために、父は必死に働いてくれていただけだったんです。騎士になるためには、中流以上の身分が必要ですから。それを得るために、父は……」


 カイルの声は少し震えていた。


「父は、私が騎士になる夢を叶え、グレンジャー家の養子となり、姫様との婚姻まで約束されたことを、誰よりも喜んでくれました。『報われた』と泣きながら言ってくれて……」


「カイル……」



 ……知らなかった。

 カイルがお父様とのことで、ずっと悩んでいたなんて。

 長い間、父親を理解できずに苦しんでいたなんて。


 全然気付けなくて、申し訳なく思ったけど……。


 でも、ようやく事実を知ることができて、お父様とも和解できたんだ。


 ……よかった。

 本当によかった……。



 ――その日はカイルも私も、これ以上ないほど幸せな気持ちに包まれ――夜遅くまでたくさんのことを語り合った。





 その日から、数日後のことだった。


 カイルの調子はどうだろうと、私はこっそり先生の講義を覗きに行き――。

 そこで、今にも倒れそうなほどにやつれているカイルを発見した。


「カイル!? どうしたの、そんなにやつれて……」


 驚いて駆け寄ると、彼は力なく笑って。


「ここのところ、寝る間もないほどオルブライト様の講義が続いておりまして……。正直なところを申しますと、寝不足で参っております」


「ええっ? そんな、無理しちゃダメだってば! 寝不足で講義を受けたって、内容なんて入ってこないでしょう?」


 先生が資料を取りに行っているのをいいことに、私はカイルの手を引いて、強引に裏庭へと連れ出した。





「ほら。休めるときには休まなきゃ。ここで膝枕しててあげるから、少し眠った方がいいよ」


 中庭の長めのベンチに腰掛け、私はカイルに横になるよう促した。


「ひ、姫様……。そんな、膝枕などと……」


 照れくさそうにモジモジして、ひたすら恐縮するカイルだったけど。

 私が『いいから!』と膝を叩いて頭の位置を示すと、結局はおずおずと横になった。


 やはり、よほど疲れていたんだろう。

 最初は緊張しているようだった彼も、ものの数分としないうちに眠りに就いた。



 彼の寝顔を見つめながら、私は武術大会の日のことを思い出していた。


 ギルが帰った後、腕の傷が跡形もなく消えてしまっていることに気付いたカイルは、


「何故こんなことが!?……信じられない……まるで奇跡だ!」


 と驚愕していた。


 私はギルの力だと気付きやしないかとハラハラしていたけど、腕をなめたくらいで一瞬のうちに傷が完治するなんて、想像すらできなかったらしい。彼について質問されることは一度もなかった。


 でも、私の方には……ひとつの疑問が生じていた。


 ギルに治癒能力のことを打ち明けられた時。

 確か彼は、『この能力は血族間でしか効果がない』というようなことを言っていたはず。

 それなのに何故――カイルの傷にも効いたんだろう?


 後日、そのことをギルに手紙で訊ねてみたけど。

 彼は『さあ? どうしてだろうね?』という風にはぐらかして、真実を教えてくれなかった。

 だから今も、カイルの傷がすぐさま完治したことは謎のままだ。



 ……で、これは私の想像だけど。

 私に能力を教えてくれた後、血族以外の人の傷も治せるかどうか、試してみたことがあったんじゃないかな?

 そこで初めて、血族以外の傷も治せることがわかって……ってことなんだと思う。


 ギルが教えてくれない以上、確かめることはできないけど……私はそれで納得することにした。




 穏やかな陽射しの中、カイルの寝息が聞こえてくる。

 彼の顔は安らかで、少し前までの疲れた様子はすっかり消えていた。


 カイルの髪をなでながら、しばらく平和な時間を味わっていると。


「カイル! カイル・ランス――いや、カイル・グレンジャーはどこにいる!?」


 突然、オルブライト先生の声が庭中に響き渡った。

 私はビクッと背筋を伸ばし、カイルはバネで弾かれたように飛び起きた。


「講義の途中で抜け出すような不埒者(ふらちもの)のことは、陛下にご報告申し上げ、キツく叱っていただかねばなるまいな。……まったく、腹立たしい限りだ」


 どこからか聞こえてくる先生の言葉に青くなり、慌てて立ち上がろうとするカイルの手をとっさにつかみ、


「待って! まだカイルは休んでなきゃダメ!」


 早口で告げると、私はベンチから立ち上がった。


「逃げよう!」


 そう言って、カイルの返事を聞かないまま駆け出す。


「えっ? で、ですが姫様……っ!」


「――そこか! 見つけたぞ二人とも!」


 後ろからオルブライト先生の声が追ってくる。

 私たちは手を繋いだまま中庭を突っ切り、回廊を抜け、今度は裏庭を目指して夢中で走った。


「ひ、姫様……っ。このまま逃げ続けましたら、陛下にご報告が……!」


「大丈夫! 後でちゃんと謝れば、先生もわかってくれるわよ!」



 先生が許してくれる保証なんてなかったし、どちらかというと、楽観よりは不安の方が大きかったけど……。



 とにかく今は、カイルを大人しく引き渡す気にはなれなくて。

 後で一緒に叱られる覚悟で、私は彼の手を引いて走り続けた。





 人気のない裏庭に辿り着いたところで、ようやく私たちは足を止めた。

 風が柔らかく頬をなで、小鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。


「ここは……」


 裏庭のあるベンチに目を留め、カイルがふとつぶやく。


「……うん。四年前、カイルが桜さんを見つけたところだね」


「……姫様。何故……」


「私ね、今でも時々思うことがあるの。やっぱり、桜さんがカイルの初恋相手だったんじゃないか……って」


「――っ!」


 目を見張るカイルに視線を移し、私はフッと笑ってみせる。


「でも、誤解しないでね? 責めてるわけじゃないし、それが嘘でもホントでも、どっちでも構わないの。ただ……」


「……ただ?」


「ただ……ここでカイルが桜さんに出会っていなければ、カイルは〝姫専属の護衛〟なんて、目指さなかったかもしれないでしょう? もしそうなっていたら、私はカイルと出会えなかったんだろうなって……」


「……姫様」


「だから大切に……感謝しなきゃって思ったの。ここで、カイルが桜さんを見つけたこと。私とカイルが出会えたきっかけでもあるんだから」


「……そのように……考えていてくださったのですね」


 カイルは私の頬を両手で優しく包み込み、とても幸せそうに微笑んだ。

 そしてそっと顔を近付け、唇を重ねる。


「……ありがとうございます。あなたに出会えて、本当によかった……」


 ささやくように彼が告げた後、私たちは固く抱き締め合った。



 これから先も、私たちには様々なことが起こるに違いない。

 楽しいことも、悲しいことも、困ったことも……きっとたくさん。


 でも、カイルと一緒なら、どんなことでも乗り越えていける。

 今日みたいに、二人で手を取り合って微笑み合って……きっとずっと、どこまでも。


 大切な人たちと、この国のたくさんの人たちと――みんなで幸せになっていけたら、こんなに嬉しいことはない――。



「……さあ。そろそろ先生のところに謝りにいかなくちゃ。あまり無理してほしくはないけど、考えてみれば……先生だって、同じように寝不足のはずだもんね」


 体をそっと離して私が提案すると、カイルは穏やかに笑ってうなずく。


「そうですね。私と姫様のために、オルブライト様も頑張ってくださっているのでしょう。そのお気持ちを、無下にしてはいけませんね」


 私もうなずき、改めて裏庭を見回した。


 冷たい――だけど心地よい秋の風が、頬をなでていく。

 その余韻に包まれながら、私たちは手を繋ぎ、城に向かってゆっくりと歩き出した。

 最後までお読みくださり、ありがとうございました!

 これで〝カイルルート〟は完結となります。


 もうひとつの〝ギルフォードルート〟に比べて6~7万文字ほど長くなってしまいましたが、最後まで書き上げることができ、今はとにかくホッとしています。


 この作品は、一気に書き上げたギルルートとは異なり、途中で何度かお休みさせていただくなど、書き上げるまでにかなりの時間を要しました。(書き始めたのはいつでしたっけ? たぶん、10年近くは前だったような気がします……)


 それでもこうして完結させることができたのですから、自分を思い切り褒めてあげたいです!

 読者様からご反応を滅多にいただけないのが私の作品の特徴(ということにしておきましょう)ですので、自分で褒めておかないとメンタル保てませんし……。


 ですが、もし。

 このお話をお読みになり、少しでも面白いと思っていただけたのでしたら。

 ★いくつかでのご評価、ブクマ、ご感想、レビュー、いいね……何でも構いませんので、ご反応いただけますと幸いです。

 どうかよろしくお願いいたします。

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