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最後の意地悪

 ギルは私から指輪を受け取ると、少し寂しそうに微笑んだ。


「まだ持っていてくれたのか。とっくに処分したものと思っていたよ」


「な――っ! 処分なんて、そんなひどいことできるわけないじゃない!」


 人から預かったものを勝手に捨ててしまうような――そんな薄情な人間だと思われていたなんて。

 そう思うとショックで、思わず責めるような言い方をしてしまった。


「この指輪は、ギルのお母様の大切な形見なんでしょう? 持ち主を災いから遠ざける力があるって言われてる、この世にたったひとつしかない、特別な……。それを捨てるなんて、できるわけない! ギルがどんな想いでこの指輪を私に託してくれたのかと思うと、なおさら……」


「……リア」


「でも、ギルの気持ちは嬉しいけど……だからこそ、返さなきゃダメだって思ったの。ずっとずっと思ってたの。……以前、イサークとニーナちゃんのことで、ギルが私を頼ってくれた時――。使者としてウォルフさんがきた時もね? ギルに返しておいてくれませんかってお願いしたんだけど、断られちゃって。その指輪は、我が主があなた様を想うお心そのものですから、気安くお預かりして、持ち帰るわけには参りませんって。だから……またギルに会えることがあったら返そうって、ずっと思ってて……」


「……そう。ウォルフがそんなことを……」


「うん。ウォルフさんに言われて私も反省したの。災いが起こらないようにって願いを込めて、ギルが大切なお母様の形見を私に預けてくれたんだとしたら……。他の人に返しておいてもらおうなんて、すごく残酷で失礼なことだったんじゃないかって」


「…………」


 ギルは無言のまま私をじっと見つめ、再び寂しそうに微笑んだ。


「……そうだね。この指輪がなくとも、君の側にはいつでも彼がいて……全ての災いから守ってくれるのだろうしね」


 彼の視線は私を通り過ぎ、もっと遠くに向けられていた。

 もしやと思って振り向くと、少し離れた場所にカイルが立っていた。

 私と目が合った彼は、気まずそうに目をそらす。


「フッ。――どうやら、彼も私と同類らしい。想い人が他の男といるところを目にするだけで、心配になってしまうんだろう」


「えっ? 心配って、それ……私が他の人に心変わりするかもって……そう思ってるってこと? 信用できないってことなの?」


 ちょっと傷付きながら訊ねる私に、ギルはまたクスリと笑った。


「それは違うな。信用できないのは恐らく君ではなく……私の方だろうから」


「ギルの?……そう……なの?」


「そうだよ。君は誰に対しても優しいからね。その優しさを好意だと勘違いした誰かが、君をさらっていきやしないかと……いつでも不安でたまらないんだ」


「さらう!?……そんな大げさな……。立ち話してるだけだよ?」


「そうだね。それでも心配なんだよ。君が――」


 急に声を落とすと、ギルは私に顔を近付け、


「君が魅力的すぎるから……ね」


 耳元でささやいてから、頬にそっとキスした。


「――っ!」


 驚いて一歩足を引くと、


「ギルフォード殿下! お戯れはお控えくださいっ!!」


 いつの間に側まできていたのか、カイルの背が私をかばうようにギルの前に立ちふさがる。


「フハッ――。すまない、カイル。君の婚約者殿に、別れの挨拶をしようと思っただけなんだ。頬へのキスは二度としないよ。許してくれ」


 堪え切れない――といった風に吹き出した後、ギルが告げると、


「『頬へのキスは』!?……聞き捨てなりませんね。頬以外ならば、これからもなさるおつもりなのですか!?」


 カッとした様子でカイルが言い返した。


「ちょ――っ、ちょっとカイルってば! そんなはずないでしょ? 今ギルが言ってたじゃない、『別れの挨拶』だって――」


 慌てて彼の腕にしがみついて訴えると、彼は私をにらみつけて。

 ヒヤッとなった瞬間、大声で私を責め始めた。


「姫様も姫様です! いつも隙がありすぎるのですよ! ギルフォード様だけではございません、あの男――イサークとかいう男に対しても、警戒心がまるでないではありませんか!」


「え……えぇ? どうしてここでイサークが出てくるの? 関係ないじゃ――」


「あるのですッ!! 関係大ありなのですよ! いつまで経ってもお気付きにならないのは、姫様のみでいらっしゃいます!」


「えぇぇ……? 『お気付きにならない』って……何に?」


 いきなりプンスカ怒り出したカイルを前に、私は困惑するしかなかった。

 普段はひたすら穏やかで優しい人なのに、突然、意味がわからないことで怒り出すことがあるんだもの。


 そんな私たちの様子を、ギルは愉快そうに眺めている。

 元はと言えば、カイルがこんな風になってしまったのはギルのせいなのに――と、ちょっとムカッとしてしまった。


「よいですか? 人を疑うことを知らぬ姫様の純真無垢なお心は美徳ではございますが、同時に――」


 カイルのお説教が長引きそうだと、私が覚悟し始めた頃、


「待て、カイル。腕に巻いてある布から、血がにじんでいるようだが……。もしや、私との決闘で傷を負ったのか?」


 ふいに、ギルの声がさえぎった。


「は?……ああ、確かにそうですが……ご心配には及びません。この程度の傷、数日もすれば治ります」


「いや。かすり傷ならそうだろうが……。にじんでいる血の量からすると、存外に深い傷なのではないか?」


「いいえ、深い傷ではございません。どうかお気になさ――……あっ!」


 問答無用でギルはカイルの手首をつかみ、巻いていた布を素早く取り去った。

 そして真剣に傷口を見つめると、『やはり深手だ』とつぶやき、カイルを問うように見つめる。


「だ――大丈夫です。問題ございません。ギルフォード様がお付けになった傷ともなれば、剣士にとっては勲章のようなもの。たとえ傷痕が残ろうとも、決して恥ではございません。むしろ、一生の誉れです」


 カイルの返答に、ギルはちょっと嫌そうな顔をしてから、深々とため息をついた。


「その傷を見るたびに、おまえは私との決闘を思い出すと?……そんなことは御免だな。おまえにとっては勲章でも、私にとっては〝負けた証〟のようなものなのだから」


 ギルは私に目配せし、『後の始末は任せたよ、リア』と早口で言った後、カイルの傷口をペロリとなめた。


「ヒ――ッ!」


 短い悲鳴を上げ、カイルがギルの手を振り払うようにして離すと、私は思わずポカンとし、


「名誉の負傷など、残させるつもりはない」


 ものすごく不機嫌そうにギルが顔をしかめたとたん、プッと吹き出した。


「ひ、姫様――!?」


 どうしてそこで笑うのかと、カイルは責めるように私を見つめる。

 私は笑いが収まるまで、お腹を抱えていなければならなかったけど。


「笑いごとではないよ、リア? ()()()()()()()()()()()()、彼に納得してもらえるだけの言い訳を考えられるかい?……フフッ。せいぜい思い悩むことだ」


 ギルの言葉で現実に引き戻された私は、たちまち『そうか』と思って青ざめ――。

 カイルが〝傷が完治している〟と気付いた時のための言い訳を、うんうん唸りながら考え始めた。

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