クセ強騎士の主張
突然、
『自分より身分の低い者に頭を下げるなど、美しくない』
というようなことを、アルベリヒ騎士団の指揮官さんに言われてしまった私は、ただただビックリして、固まってしまっていたんだけど。
「シュターミッツ殿! 姫殿下にそのようなお言葉をお掛けになるなど、貴公こそ正気を疑いますぞ!?」
「そうですよシュターミッツ様! いくら由緒正しい家柄に属されるあなた様でも、許されることではありませんよ!?」
すぐさま後方から、数人の騎士さん達の苦言が飛んで来て、それにもギョッとしてしまった。
でも、そんな私とは比べ物にならないくらい落ち着き払った……えっと、シュターミッツさん?――は、
「騒ぐな! 無礼を申し上げていることは、重々承知だ。……しかし、『美しくない』ことは『美しくない』。姫殿下であらせられようとも、それはお伝えさせていただかねばならぬ。後々、恥をおかきになられるのは、姫殿下なのだからな」
あくまでも冷静に言い放ってから、彼は、私に深々と頭を下げた。
「差し出がましいことを申し上げ、誠にご無礼つかまつりました。どうかお許しください。……ですが、私の希望といたしましては、姫殿下には、常に美しさと優雅さ、凛としたご姿勢を、お示しいただきたいのです。恐らく陛下も、それを望んでおられるはずですので」
「え――? お父様も?」
「はい。左様です、姫殿下。私は陛下を――クロヴィス国王陛下を、心より敬愛申し上げております。あのお方は全てにおいて、抜きん出た才覚をお持ちでいらっしゃる。たぐいまれなき人格者であらせられるのです。であるからこそ、一人娘であらせられる姫殿下にも、陛下のように、知識や教養、威厳、立ち居振る舞いのひとつひとつにも、心を配ることが出来るような、品格ある淑女でいていただきたいのです。そのために必要とあらば、このマティアス、たとえ後に、陛下よりお叱りを受けることになろうとも、姫殿下にご忠告申し上げることとて、やぶさかではございません」
キッパリと言い切ると、彼は私の返事を待つように、頭を垂れたまま沈黙した。
私はひたすら、彼の態度に呑まれていて、すぐには言葉を返すことが来なかったんだけど……。
だんだんと落ち着いて来るごとに、彼に言われたことは、至極もっともなことのような気がして来た。
つまり、彼にとってこれは……。
他の騎士さん達の慌てっぷりからも窺い知れるように、後で、処分を受けることになっちゃうかも知れないほどの、思い切った行動だったんだよね?
それだけのリスクがあるってわかってても、私に注意してくれた……ってことなんだよね?
だったらそれは、とてもありがたいことのように思えたんだ。
ここまで言ってくれる人、きっと私には、もう先生とかしか、いなくなってしまったんだろうから。
心の整理が付いてから、私はゆっくりと深呼吸し、まっすぐにシュターミッツさんを見つめた。
顔を上げてもらい、彼がおもむろに上体を起こしたのを確認してから、出来るだけ『淑女』っぽく見えるよう注意を払って、穏やかに微笑む。
「ありがとう、シュターミッツさん。ご忠告感謝します。私……こう言うと、言い訳みたいになってしまって恥ずかしいけど、ずっと、向こうの城に閉じこもってばかりいたから、世間のことや、一般教養なんかにも、うといところがあって……。だから、シュターミッツさんみたいに、遠慮せずにいろいろと言ってくれる人って、本当にありがたいんです。それで、あの……もしかしたらこれからも、たびたび、呆れられるようなことをしてしまうかも知れないんですけど。その時はまた、今のように叱ってやってくださるとありがたいです。……え、と、それから……もうひざまずくのはやめて、立っていただけませんか? 目上の方が下に見える状態って好きではないし、落ち着かないので」
告げ終わったとたん、周囲にざわめきが走ったけど、私は気にしなかった。
……なーんて。
ホントはちょっと、『軽々しく謝っちゃいけないなら、お礼も言っちゃダメなのかな?』って気はしたんだけどね。
でも、もしそうだとしても、心からの『ありがとう』は、ちゃんと伝えておきたいし。
……うん。
今のことについて、また注意されてしまったとしても、こっちは絶対譲らないよ?
そう決意し、今度はうろたえることなく、シュターミッツさんを見つめ返す。
すると、
「やはり、陛下の御子であらせられる。ご自身の非は、潔くお認めになられた上で、下々の者に対しても、謝意を表すことがお出来になられるとは……。素晴らしい! とてもお美しくていらっしゃいましたぞ、リナリア姫殿下。このマティアス、心より感服いたしました」
シュターミッツさんは、満足げに漏らしてから、笑みを浮かべて立ち上がった。
それから、改めて私の右手を取り、『この体勢のままで、ご無礼いたします』と告げ、もう一度手の甲にキスをする。
「リナリア姫殿下。ご無礼ついでに、もうひとつだけよろしいでしょうか?」
どこまでも迷いのない目で見返してくる彼に、一瞬、ひるみそうになる。
思わず、『まだあるの?』と言いそうになってしまったけど。
そこをググッと堪え、私は曖昧な笑みを浮かべてうなずいた。
「それでは、失礼して――」
彼はコホンと咳払いしてから、とびきりの笑顔で告げた。
「私のことは、どうか『マティアス』とお呼びください」