式典の後で
それぞれの部門の優勝者に草冠を載せて称え、彼らの願いを一つだけ叶える〝栄願成就式〟。
それが執り行われた後に、武術大会の幕は下りることになっている。
今年の武術大会は〝剣の部〟と〝槍の部〟と〝弓の部〟のみ。他の武器を使用する人はいなかったらしく、私は三部門の優勝者の頭上にぎこちなく草冠を載せることで、なんとか務めを果たすことができた。
古代ギリシャのオリンピア(確か、オリンピックの起源か何かじゃなかったっけ?)なんかだと、優勝者にはオリーブの冠が授けられたそうだけど。
この国では、聖地に生えている草(種類は何でも良いみたい)で編んだ冠に、神様(つまりは桜のこと)の葉をさらに編み込んだものを、草冠としているんだって。
神様の葉を混ぜることには意味があって。
一応、〝神の祝福や加護がありますように〟という願いが込められているそうだ。
……と言っても。
この国に、もう神様はいないんだけどね。
そのことは、ほんの少しの人しか知らないことだし。
もともと目に見える存在ではない(見える人もたまにいるけど)わけだから、特に知らせる必要はないかな。
とにかく、私がそれぞれの優勝者の頭上に草冠を載せた後は、お父様が彼ら一人一人の願いを叶えてあげる番だった。
槍の部の優勝者さんの願いは、なんと『モーク百頭』。(ちなみにモークというのは、向こうの世界で言うところの〝牛〟のような生き物のことみたい)
牧場で飼うのかな? と思ったら、
「百頭もいれば、当分の間はひと月数頭分ほど胃袋に収められますし、周囲の者たちにも分けてあげられますので!」
とのことで……。
(ああ……なるほど。食用……なのね……)
なんて、思わず微妙な笑みを浮かべてしまった。
弓部門の優勝者さんの願いは、『原貴光石を矢じりに埋め込んだ弓矢を百本』だった。
彼いわく、『夜間の狩りにおいて、これほど頼れる物はありませんからな』だそうだ。
フンフン、なるほどなるほど。原貴光石は発光するしね。
矢じりが光ったら夜間の狩りもしやすくなる――ってことか。
意外とみんな、現実的なお願いをするものなんだなぁ……と感心していたら、剣部門の優勝者の願いを告げる番が回ってきた。
カイルはお父様の足元にひざまずき、
「先ほども申し上げました通り、私の願いはリナリア姫様――殿下の愛のみでございます。他には何の願いもございません」
深々と頭を下げたまま、凛とした声で告げた。
だけど、その時観客席から、
「『他には何の願いもございません』だとー? よく言うぜー、こーの色男っ! 姫殿下の愛ばかりか、地位も名誉も金も、ぜーんぶかっさらっちまうんじゃねーかっ!」
「そーだそーだ! あんたほど贅沢な願いを叶えてもらった男は、いまだかつて一人もいやしねーよーっ!」
というような、数々の冷やかしの声が飛んだ。
「えっ?」
カイルはバネで弾かれたように顔を上げ、周囲の反応を見聞きすると、一瞬にして顔を真っ赤に染めた。
お父様が一喝するまで、冷やかしが止むことはなかったけど。
人々の声には温かみのようなものもにじんでいて、私は少しも嫌な気にはならなかった。
ただ、カイルは散々冷やかされて、栄願成就式が終わるまでの間、ずっと居心地悪そうにうつむいていた。
そんな彼の様子を、私とお父様、そして私の愛すべき人たちは皆、心からの笑みを浮かべて見つめていた。
武術大会が終了し、出場者も観客も散り散りに帰っていく中、私はギルの姿を探して闘技場の外へ出た。
栄願成就式の途中まで、彼がいたことは覚えてるんだけど。
急に姿が見えなくなってしまったから、もしかして先に帰ってしまったのかもしれないと心配になった私は、
「ごめんね、カイル。ギルに用事があるんだけど、さっきから姿が見当たらなくて……。悪いけど、一緒に捜してくれないかな?」
正直に打ち明け、共に捜してくれるよう頼んだ。
彼はすぐさまうなずいて――今は、私と逆方向を捜し回ってくれているはずだ。
(えっと……。ルドウィンって、どっちの方角なんだろう? 一応、先生にこの世界の地図は見せてもらったことはあって、ザックスより西の方……ってことだけは覚えてるんだけど……)
私は地図を思い浮かべながら、キョロキョロと辺りを見回して歩いていた。
すると突然、
「っざけんなよテメー!? んなんじゃねーっつってんだろーがッ!」
どこからか聞き覚えのある声が響いてきて、ギョッとした私は声のした方を振り返った。
数十メートルほど先に、イサークとギルの姿が見える。
ここからではちょっと遠くて、イサークが何を言っているのかまではわからなかった。
(でも……あの感じだと、イサークは何だかすごく怒ってるみたい。一方的に喚き立ててるっぽいし……。ケンカでもしちゃったのかな?)
心配になった私は、慌てて彼らのいる方へ駆け寄る。
「ねえっ、二人ともどうかしたの?」
声をかけたとたん、イサークはビクッとしたように肩を揺らし、私の方へ顔を向けた。
そして目が合うと、何故か真っ赤になって、
「なんでもねーよ! ちっとばかしこの王子にムカついただけだ!」
私から目をそらせて言い放ち、早足で闘技場の方へ戻っていってしまう。
「なあに、あれ?……ギル、イサークとケンカでもしたの?」
ポカンとしたままの顔で訊ねる私に、ギルはフッと笑ってみせて。
「べつに、ケンカなどはしていないよ。あの男の方は、私に腹を立てていたようだけれどね」
「……ふぅん……? ケンカじゃないなら、まあいいけど……」
私はイサークが去っていった方角にチラッと目をやってから、またギルへと視線を戻した。
「それより、えっと……。あのね、ギル。私……あなたに返さなきゃいけないものがあるの」
私は彼に一度背を向け、胸元の内側のポケットから、綺麗な青い石が埋め込まれた華奢な指輪を取り出す。
それからくるりと半回転して、ギルの前にその指輪を差し出した。