交わる剣、交わる想い
お父様とお師匠様、そしてイサークから聞いた話によると。
優勝する前までは、カイルの目にも止まらぬ怒涛の連戦連勝に、男性陣は拍手喝采、女性陣は黄色い歓声を上げたりして、かなり盛り上がっていたそうなんだけど。
彼の優勝が決まって野次を飛ばされたとたん、観客の彼への好印象は見事にひっくり返り、怒号や非難の嵐になってしまったんだって。
「あんたが到着するちっとばかし前までは、すげえ状態だったんだぜ? このままじゃ暴動が起こるんじゃねーかって、ヒヤヒヤしちまうくれえによ」
そう言ってイサークが厳しい顔つきで腕を組むと、お師匠様はうんうんとうなずいて。
「そうじゃのう。そこの背えの高い若者の言う通り、もう少しで危ないところじゃった。大勢の観客たちが会場内になだれ込み、一気にカイルに襲いかかるんじゃないかと心配で心配でのう……。ワシの寿命は、確実に縮んでしもうたじゃろう」
「うむ。……確かに。私も騎士団に号令をかけ、騒ぎの収束を図らねばと立ち上がりかけたくらいだった。……だが、その時一人の若者が、凛としたよく通る声で一喝したのだ。『静まれ!!』とな。彼はここにいるべき男だったが、何故か自由席の民に混じり、マントで顔を隠すようにして座っていた。たった一言によって静まり返った客席の間を颯爽と歩き、場内に足を踏み入れたその男は、マントを外して客席へと放った。その男こそ――」
「ギル――……だったんですね?」
お父様の答えを聞く前に、私は彼の名を告げた。お父様は静かにうなずいて、私の顔をじっと見つめる。
「そうだ。ギルフォードはカイルの前で立ち止まると、彼と会場内にいる全ての者たちに向かって言った。『私は隣国ルドウィンの第一王子・ギルフォード! この国の第一王女であるリナリア姫との婚約は正式に解消したが、私は今でも彼女のことを愛している!』――」
「えっ! ギルがそんなことを……?」
お父様は再びうなずくと、さらに続けた。
「そしてこうも言った。『だが、彼女が愛したのは目の前にいるこの男――カイル・ランスだった。私は彼女のためを思い、身を引くことにしたのだ。彼女が幸せになれるのであれば、と――』」
「…………」
私が何も言えずにいると、お父様は私を優しく見つめて微笑む。
「彼はひときわ大きな声で、最後にこう訴えた。『私は彼を認めている!――いや、認めていた! 彼とは数回言葉を交わしたのみだったが、真面目で誠実な男だということは、すぐさま感じ取れたからだ。リナリア姫の愛した男が彼であるならば、いつかは諦められるだろうと思っていた。しかし――! 先ほど聞こえてきた言葉が事実であるとするならば、私は彼を許すことができない! 姫との恋を認めるなどもっての外だ! そこで観客の皆に問いたい。私が彼に――このカイル・ランスにこの場で決闘を申し込むことを、許してもらえるだろうか!? 許してもらえるのであれば、私は皆に代わってこの者の真意を確かめさせてもらう! 彼のリナリア姫に対する想いが本物であるならば、正々堂々、受けて立ってくれるはずだ!――そうだろう、カイル!?』」
「……それで……カイルはなんて答えたんですか?」
「当然、彼は決闘を受け入れたよ。『ギルフォード様と決闘などと、誠に畏れ多いことながら――そのお申し出、謹んでお受けいたしましょう。私がグレンジャー家を乗っ取り、姫様をたぶらかして国王の座を狙っているなど、事実無根、とんでもない言いがかりでございます! 私が欲しているのは、いついかなる時も姫様の愛のみです! その尊き御心が得られるのであれば、他には何も望みません! ですが――どれだけ嘘偽りのない想いを声高に訴えようとも、今となっては信じていただけないでしょう。ギルフォード様と剣を交えさせていただくことが、私の想いを僅かでも皆様にわかっていただくきっかけになるのでしたら、お断りする理由はございません!』――そう強く訴えてな」
「そう……ですか……」
つぶやくと、私は闘技場の中心へと目をやった。
二人は、目で追うのがやっとというくらいのスピードで剣を交え、激しい死闘を繰り広げていた。
もちろん、模造剣同士の打ち合いだろうけど、金属であることに変わりはない。体に当たれば痣だってできるだろうし、もっとひどい場合は、骨だって砕けることがあるかもしれない。
なのに、どうしてギルは決闘なんて申し込んだの?
一国の王子である彼が、そんな危険なことに身を投じる必要がある……?
お父様は、ギルが〝カイルが信用できる人だってことを、皆に知らしめようとしてる〟っておっしゃっていたけど――。
どうして彼がそんなことをするのか、私にはわからなかった。
だって、一方的に婚約解消を望んだのは私。
他の人を好きになって、彼を傷付けてしまったのは私なのに……。
恨まれても当然な立場である私と、ひどい疑いをかけられているカイルを、ギルが助けようとしてくれているなんて……。
そんな、ギルにとってメリットが全くないようなことをしようとしてくれてるなんて、どうしても信じられなかった。
……ううん。
信じられないのではなく、信じたくないのかもしれない。
もしもギルが、本当に私とカイルのことを思って、こんなことをしてくれているのだとしたら……。
私は彼に、どれほど大きな借りを作ることになるのかわからない。
一方的に婚約を解消して、彼の心を踏みにじって……。
そんな私のために、危険を冒してまで、彼がカイルの身の潔白を証明しようとしてくれてるとしたら……。
考えるだけで、胸が締め付けられるようだった。
――その時。
客席から、悲鳴とも歓声とも取れる声が上がった。
ハッとして顔を上げると、ギルの剣が大きく宙を舞っているのが目に入った。
次いで、カイルの剣先がギルの喉元へと迫る。
私の心臓は大きく跳ね上がった。
模造剣だということを一瞬忘れ、彼がギルの喉元を突こうとしているのかと思った。
でも、カイルは一拍置くと剣を下げ、ギルに向かって深々と頭を下げた。
会場がざわめく中、ギルは素早く立ち上がって叫んだ。
「見たか! これが、リナリア姫が愛した男の真の姿だ!」
その言葉に釣られるように、私の足は自然と動いていた。