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蘇芳国からの手紙

 武術大会当日。

 私はセバスチャンとシリル、そしてイサークと共に、馬車で国の中心部(本城付近)にある闘技場に向かおうとしていた。


 グレンジャー師匠は私の剣術師範役。そして代々、多くの優れた剣術家を輩出した由緒ある貴族というだけあって、任されていることも多々あるらしく。

 かなり早い時刻に闘技場へ向かったそうなので、共に向かうメンバーには入っていない。


 オルブライト先生にも、『一緒にどうですか?』と声をかけてみたんだけど、


「私には、他にやるべきことがあるのでね。悠長に見物などしている暇はないのだよ。手が空いたら観に行っても構わんが……まず無理だろうと思うがね」


 ということで、あっさり断られてしまった。



 まあ、先生のことだから、出かけるのが面倒なだけなんだと思うけど。

 それとも、イサークと一緒の馬車に乗るのが嫌だった――とかかな?



 とにかくどういう理由であれ、行きたくない人をムリに同行させるつもりはないし。

 私は『そうですか。それは残念です』とだけ伝えて引き下がった。




 支度も済ませ、今まさに出かけようとしていた時だった。

 窓の外からスィーっと入ってきた鳥さんが、セバスチャンの前で数回羽ばたいてから、彼の頭に止まった。肩に止まろうとしていたみたいだけど、セバスチャンの肩幅が狭くてムリだったらしい。


 足に筒状の容器が取り付けてあることで、伝書鳩ならぬ、伝書鳥さんであることはすぐにわかった。

 この部屋に飛んできて止まったということは、たぶん私宛の手紙なんだろう。


 私はセバスチャンの許可を得て、鳥さん(前に見た鳥さんより、かなり大きい。聞けば、遠距離専門の伝書鳥さんなんだそうだ。足に取り付けられている筒も、倍以上の大きさだった)の足の筒から手紙を取り出した。


 それは蘇芳国からの――紫黒帝からの手紙だった。宛先は、思った通り私。


「蘇芳国から戻ってきてから一年くらい経つけど、私に直接手紙をくださるなんて珍しいな」


 そんなことをつぶやきつつ、丸められた手紙を広げる。



 今までにも何度か紫黒帝からの手紙――書状をいただいたことはあったけど、いつもお父様宛てだった。

 お父様から呼び出しがかかり、紫黒帝の手紙を渡してもらうのがほとんどだったから、今回のように直でというのは初めてで、少し驚いてしまった。



「えーっと、なになに? リナリア・ザクセン・ヴァルダム殿――」


 そこまで読んで、私は大きなため息をついた。

 達筆すぎて――その上、難しい言葉ばかりで、何が書いてあるのかさっぱりわからない。


 私はセバスチャンに手紙を渡し、どういうことが書かれているのか教えてもらおうとしたんだけど。


「も、申し訳ございません、姫様。私にも、異国の言葉は読むことができませぬゆえ……」


「えーーーっ!?……そっか。蘇芳国の言葉なんて、セバスチャンにわかるわけないよね……」


 出だしでつまずき、どうしようか、お父様に読んでもらうしかないかと思い始めた時、先生の顔が浮かんだ。


「そうよ、先生! 先生がいるじゃない!」


 幸い、本城に着いていなければいけない時刻まで、まだ少し余裕がある。

 私は出かけるメンバーを伴って、先生の部屋に向かった。





「……なんだね、いきなり大勢で押しかけてきて? 私にはやるべきことがあると、昨日伝えておいたはずだが?」


 ドアを開け、私たちの姿を目にしたとたん、先生はものすごく迷惑そうに顔をしかめた。


「お忙しいところに押しかけてしまってすみません、先生。でも、あのぅ……先生にしかお願いできないことがありまして……」


 ここで彼の機嫌を損ねてしまっては、手紙を読んでもらうことができなくなってしまう。

 私は先生の顔色を窺いつつ、恐る恐る手紙を差し出した。



 今すぐ読まなきゃいけないような内容ではないのかもしれないけど……。

 直接私に――というところが、やっぱり気になるし。

 できるだけ早く、内容を確かめたかったんだ。



「なに? 蘇芳国――紫黒帝からの書状だと? それを早く言いたまえ」


 先生は蘇芳国という単語を耳にした拍子に目の色を変え、私から奪う勢いで手紙を手に取った。

 そして素早く内容を確かめると、


「……なるほど。このことを誰よりも早く、君に知らせたかったわけか。……しかし、国主である陛下よりも先にというのは、看過できんな。我が国を軽視しすぎているのではないか、紫黒帝は?」


 急に不機嫌そうな顔つきになり、先生は私に手紙を返して寄こした。


「ああ……。紫黒帝はお母様のことで、未だにお父様のことをお許しになってないみたいでしたから……。って、それはともかく! 手紙にはなんて書いてあったんです!?」


 自分だけ納得してないで、さっさと教えてよね!

 私は少しイラッとしながら訊ねた。


「紫黒帝と正室との間に、第一子が生まれたそうだ。性別は男。――以上だ」


「……へ?」


 あまりにもサラッと伝えられたものだから、一瞬、内容が頭に入ってこなかった。

 私は先生の言葉を何度も脳内で再生し、ようやく意味を理解すると、


「ええっ、紫黒帝と藤華さんに赤ちゃんが!?」


 思わず、周囲に響き渡るほどの大声を上げてしまった。



 そういえば、蘇芳国から戻ってすぐの頃に、彼らが正式に夫婦になったという報告を受けていたんだった。

 お祝いの席にも呼びたかったけど、私たちが帰港してすぐだったので叶わず、残念だったという内容の手紙だった。


 その後にも何度か手紙をいただいていて、その中には藤華さんから私への伝言も含まれていた。『雪緋の秘密を帝に知られてしまった』という内容で、この時も私は大声を上げてしまったんだった。


 その詳しい事情というのが、また紫黒帝らしいもので、驚愕した後、ついつい吹き出してしまったっけ。



 どうやら紫黒帝は、月禊の日に藤華さんと雪緋さんが二人きりになるというのが、気になって仕方なかったらしく。

 こっそりと、一人で様子を覗きに行ったんだそうだ。


 そこで、雪緋さんがウサギになる瞬間を目撃し……。

 藤華さんが今まで聞いたこともないような声で絶叫したんだって。



 その後、紫黒帝はしばらく混乱状態だったらしいんだけど。

 藤華さんから説明を受け、お母様が巫女姫だった頃から続けられてきたことだとわかると、ようやく落ち着いたそうで。

 雪緋さんへの嫉妬心も収まり、むしろ積極的に、『これからも雪緋の秘め事は守り抜き、藤華が巫女姫ではなくなった後も庇護していけるように、策を考えよう』と、約束してくれたんだって。



 だから雪緋さんは、もう何も心配しなくてよくなったんだ。

 獣人に対する世間の冷たい目も、少しずつ変えていけるように――ってことまで、考えてくれてるらしいし。



 結局、紫黒帝は良い人だったのよね。

 嫉妬心が強かったってだけで、その問題さえなくなれば、雪緋さんをぞんざいに扱う理由もなくなったってわけ。  



「……よかった。雪緋さんも藤華さんも紫黒帝も。これでみんな、幸せになれるよね……」


 私がしみじみとつぶやくと、周りの人たちの誰もが、穏やかに笑ってうなずいてくれた。

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