羞恥の夜と別れの朝
カイルの叙任式と、騎士としてのお披露目パーティーが行われたのは本城だった。
パーティーがお開きになったのは夜遅くだったので、私はこちらに一泊させてもらうことになった。
でも……。
アンナさんもエレンさんもいない本城で、他のメイドさんたちにお世話してもらうというのは、私にとっては苦行に近いものがあった。
苦行――は言い過ぎかもしれないし、お世話してくれていたメイドさんたちには、本当に申し訳ないんだけど。
私が『何これ!? 羞恥プレイ!?』と感じてしまったのは、入浴の時だった。
森の城では、私がこの世界にきてすぐに、
「洗ってくれるのは、髪と腕と背中だけでいいから! 他は全部自分で洗います!」
と頑なに言い張ったこともあって、ある程度は自分で洗うことができる。
でもこの城では、いくら言っても自分で洗うことは許してもらえず、私は羞恥に震えながら、メイドさん数名に体を洗ってもらう羽目になった。
あまりの恥ずかしさに、何度『森の城に帰りたい』と思ったことか!
森の城からはセバスチャンしかついてきてくれなかったから、アンナさんとエレンさんにすぐにでも会いたくて。
入浴が済んだ頃には、『さっさと眠って早朝に帰ろう』と、強く心に誓っていた。
翌日。
私はいつもよりずっと早く起きて、昨夜決めた通り、すぐに森の城へ帰ろうと思ったんだけど。
自分には、この本城でやらなければいけないことがあったのを思い出し、泣く泣く留まることにした。
朝食を済ませると、私はセバスチャンを部屋に残し、まずはカイルが泊まっている部屋へ向かった。
カイルも私と同じく、一晩この城に泊まっていたからだ。
会ってすぐ、私が昨夜の入浴時のことを告げると、彼は驚いたように目を見張った。
彼が男性だからなのか、入浴時にメイドさんたちに手伝ってもらうようなことは、一切なかったそうだ。
「ええーーーっ!? ズルい! 私はあんなに恥ずかしい思いをしたのに、カイルだけズルーーーいっ!!」
聞いた瞬間、思わず彼の胸元をポカポカと叩いてしまった。……彼のせいじゃないのに。
それに、落ち着いて考えてみたら。
彼がメイドさんたちに体を洗ってもらっていたら、もっとずっと嫌な気持ちになっていたに違いない。
「カイルは、これからどうするの? すぐ森の城に帰るの?」
訊ねると、彼は複雑な表情で首を横に振った。
「いいえ。私は正式な騎士になりましたので、もう姫様のお城には戻れません」
「えっ、戻れない?」
「はい。姫様のお城には、騎士を目指す騎士見習いのための訓練所と、独り身の者たちのための住まいが城門付近にございます。ですが、その住まいはあくまで騎士見習いたちのためのもの。騎士となった者が住まうことはできないのです」
「ええっ、そうなの!?……じゃあ、カイルはこれからどこに住むの? 武術大会で優勝しないと、グレンジャー家には迎えていただけないんでしょう?」
「はい。ですから……認めていただけるまでは、シュターミッツ家にお世話になることになりました」
「……へ? シュターミッツ家って……。えぇえっ!? マティアスさんのお屋敷に住むってことぉ!?」
予想すらしていなかった答えに、思わず声が裏返ってしまった。
呆気に取られている私に、カイルは寂しげに微笑んで。
「はい。武術大会まで閣下が鍛えてくださると、昨夜、閣下ご自身からお聞きしました。そしてその日まで、閣下が指揮をするアルベリヒ騎士団のお手伝いをさせていただけるそうで……。ですから姫様には、しばらくお目にかかれなくなります」
「そんな……! 武術大会まで会えなくなるってこと!? まだ一年くらいあるのに!?」
「……はい」
一年……。
一年も会えなくなるなんて!
それじゃ、カイルが行方不明になって、蘇芳国で再開できた時より長いじゃない!
あまりにも突然の出来事に、私が言葉を失っていると。
カイルは私の手を取り、両手でギュッと握り締めた。
「姫様、そのようなお顔をなさらないでください。私も、このお話をいただいた時は衝撃を受けましたが……。今は、むしろよかったと思っているのです」
「よかった? 一年も会えなくなることが?」
「はい。何故かと申しますと……姫様がお側にいらっしゃいますと、気持ちが抑えられなくなりそうで恐ろしいのです。口づけの先を求めてしまいそうで……。姫様のお気持ちもお立場も考えず、己の想いのみに突き動かされてしまいそうで……」
「……カイル……」
辛そうにまつげを伏せる彼を見て、私も胸が苦しくなった。
そして『私も』と言ってしまいそうになり、慌てて唇を引き結ぶ。
そう言われてしまうと……私だって自信がない。
カイルに請われてしまったら、私だって――。
私だって、流されてしまうかもしれない。
流されるまま、彼を受け入れてしまうかもしれない。
そんな自分が……私も怖いと思ってしまった。
「ああ、また……。どうか、そのような悲しげなお顔をなさらないでください。二度と会えないというわけではないのですから」
彼は心配そうに私の顔を覗き込み、そっと私の頬に触れる。
「お互いのやるべきことに専念していれば、きっと一年など、どうということもございません。私たちの想いがしっかりと結ばれてさえいれば、何があろうと耐えられるはずです。……そうは思われませんか?」
問いながら、彼は柔らかく微笑んだ。
私は無理やり笑顔を作り、
「うん。……きっと」
涙がにじみそうなのを堪えながら、それだけ言うのがやっとだった。