あなたのためにできること
カイルは〝正式な騎士になる試験〟に無事合格した。
マティアスさんに試合で勝てたわけではないけど、負けてもいなかったし、何より、諦めずに何度でも食らいついていく姿勢が好印象だったらしい。
それに、これは後から聞いた話なんだけど。
マティアスさんは武術大会の〝五年連続優勝者〟なんだそうだ。
つまり、マティアスさんは国一番の剣の達人ってことでしょう?
その人との試合で負けなかったんだから、カイルも相当腕が立つってことだと思うんだよね。
今年の武術大会には、マティアスさんは出場しないってことだったし……。
これはもう、カイルの優勝も充分あり得るんじゃない!?
――なんて、私は勝手に盛り上がって、一人で興奮したりしていた。
でも、実は――その事実を知ってから、もう一つ気になることがあって。
四年に一度開催される武術大会で、五年連続優勝。
この事実から推測されることは何か? ってこと。
マティアスさんの一度目の優勝から、五回目の優勝まで。
四年ごとの開催だから、一回目と五回目の間は十六年。
騎士見習いには出場資格はないから、マティアスさんが一度目に優勝したのは、どんなに早くても二十歳くらいの時。
そうすると、五回目の優勝は三十六歳の時で、来年の武術大会の時には四十歳――ってことになるのかな。
ええっ!? マティアスさんが来年四十!?
どこからどう見ても、二十代半ばくらいにしか見えないのに!?
――なんて、度肝を抜かれてしまったのよね。
四十歳、もしくはそれ以上だとすると、お父様とそれほど歳は変わらないのかな?
……ん?
そう言えば、お父様って今いくつなんだっけ?
聞いたことあったかな……?
「姫様、こちらにいらしたのですね。このようなところにお一人で……。もしや、お加減が優れないのですか?」
叙任式を終え、お披露目パーティーの真っ最中。
城のバルコニーでつらつら考えているとカイルが現れ、私の顔を不安げに覗き込んだ。
「あ……。ううん、そうじゃないの。さっき、マティアスさんが五回も武術大会で優勝したことがある――って話を聞いたでしょ? そのことについて、いろいろ考えちゃってただけ。心配させちゃってたなら、ごめんね?」
「シュターミッツ閣下のことについて、とは……? どのようなことを考えていらしたのです?」
「どのような、って……。五回も優勝したってことは、思ってた以上におじさ――じゃない! えーっと、その……お若く見えるのに、意外とそうでもなかったんだなー……とか。五回も優勝した人と試合して負けなかったんだから、カイルの武術大会での優勝も夢じゃないなー……とか、そういう感じのこと」
「姫様……」
カイルは驚いたように目を見張ってから、柔らかく微笑んだ。
「夢で終わらせようなどとは思っておりません。何があろうとも、私は優勝しなければならないのですから。……姫様。あなたと共に幸せをつかむために――」
そう言うと、バルコニーの手すりの上に置いていた私の手に、カイルは自分の手をそっと重ねた。
「カイル……」
私はじっと彼を見返した後、やはり笑ってうなずく。
「うん、そうだよね。私たちの幸せのために、カイルには絶対優勝してもらわないと困っちゃう」
「はい。必ずや、あなたに勝利を捧げてみせます」
カイルはそっと重ねていた片手を、痛くならないように加減してくれながらギュッと握った。
私は彼に寄りかかり、彼は優しく私の肩に手を回して支えてくれる。
しばらくは無言で、左右対称に整えられた庭を、見るともなしに眺めていたんだけど。
「……あのね? カイルとマティアスさんの試合中、ずっと考えてたの。あなたのために、私には何ができるんだろう――って」
「え? 私のために……でございますか?」
「うん。……それでね、私にできることといったら、きっと……情報収集くらいしかないだろうなって」
「情報収集?」
「うん、そう。たとえば、書庫から武術大会について書かれた本を見つけ出してね? 過去の試合を調べまくって、傾向と対策を考えるとか。マティアスさんや、過去の優勝経験者を探し出して、どうやって腕を磨いたか、優勝するためには何が必要だと思うか――いろいろ訊ねて参考にするとかね。そういうことくらいなら、私にもできるかなって」
「姫様……。私のために、そのようなことまで考えていてくださったのですか?」
「うん。……って言っても、こんなこと、何の役にも立たないかもしれないけど……」
「そんなことはございません、充分役に立ちます!……それに、もし役に立たなかったとしても……あなたが私のためにと考えてくださったことだけでも充分です。充分すぎるほど……私にとっては幸せなことなのです」
「……ホント? こんなことでも、少しは役に立てる?」
「はい、もちろんでございます。姫様にそのように想っていただけるだけで……私は国一番の幸せ者です」
「……カイル……」
私にできることなんて、恥ずかしいほど少ないな……って思ってたけど。
彼がそう思ってくれるなら、早速明日から、とことん書庫にこもっていろいろ調べたり、優勝者さん――まずはマティアスさんに突撃して、いろいろ訊いてみよう!
そう決意し、私はカイルと寄り添いながら、うっとりと庭を眺めていた。