試験の相手は……
カイルの騎士になるための試験は、彼の誕生日当日、九月九日に行われた。
試験――試合の相手は誰になるのかは、私もカイルも知らされてなくて、当日までドキドキだったけど。
剣(ただの試験だから模造剣)を片手に携えたカイルの前に現れたのは、なんとマティアスさんだった。
「マティアスさんがカイルの試合相手!? 王直属の騎士団――アルベリヒ騎士団の団長さんが!?」
国王直属騎士団の団長なんて、よほど腕の立つ人じゃなきゃ務まらないよね?
そんなすごそうな人が、カイルの相手をするなんて……。
一気に不安になってきて、私は祈るように胸の前で両手を組み合わせた。
すると、私の声が聞こえてしまったらしく、マティアスさんが私をまっすぐ見つめて言い放った。
「姫殿下、畏れながら訂正させていただきます。団長ではございません。アルベリヒ騎士団の指揮官、です。以後、お間違いなきようお願いいたします」
〝団長〟という呼び方がよほど気に入らなかったのか、マティアスさんに強めにお願いされてしまい、
「あ……。ごめんなさい。以後、気を付けます……」
団長だろうと指揮官だろうと、それほど変わらない気がするけど――なんて思いながらも、私は慌てて謝った。
まあ、美しさに対するこだわりが人一倍強い人だから、ちょっとしたことでも気になってしまうんだろう。
「――では、始めるとするかの。両者、向かい合って剣を構えなされ」
立会人の一人であり、審判でもあるお師匠様の言葉に従い、二人が前に進み出る。
お師匠様は、どちらかが剣を落とすか降参した時点で、試合終了となることと。
そのどちらもなかった場合は、頃合いを見て自分が声をかけることを告げた。
二人は互いにうなずき合うと、腰を落として剣を構える。
そしてお師匠様の『始め!』というかけ声で、激しい打ち合いが始まった。
最初に動いたのはカイルの方だった。一歩踏み込み、素早く剣を振り下ろす。
でも、マティアスさんはまるで予想していたかのように、スッと横に身をかわした。
「おっと、危ない――」
なんて言いながらも、マティアスさんの口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
カイルは振り下ろした剣をすぐに立て直して、今度は横薙ぎに振るった。
金属同士がぶつかり合う甲高い音が、立て続けに響く。
でもマティアスさんは涼しい顔で、カイルの剣を全て片手で受け止めていた。
嘘でしょう、片手でなんて……!
あんな余裕しゃくしゃくと!
私はマティアスさんの優雅とも取れる動きに目を見張った。
カイルは両手で握った剣で、必死に食らいついているけど、力の差は歴然だった。
私は息をのみ、組み合わせた両手をギュッと握り締めた。
「カイル……」
祈るように彼を見つめる。
自分の不利を悟ったのか、カイルは一度距離を取って構え直した。――額に汗がにじんでいる。すごく悔しそうな表情だ。
今度はマティアスさんが攻撃に転じた。
華麗な身のこなしで剣を振るう様子は、まるで舞を踊っているようだった。でも、その一振り一振りは、次第にカイルを追い詰めていく。
「ハァ、ハァ……」
彼の息が上がってきているのがわかる。
その一方、マティアスさんは少しも疲れた様子を見せず、動体視力が悪い人なら見過ごしてしまうような速さでもって、剣を振るい続けている。
カイルは必死に受け流そうとするけど、だんだんと後ろに下がっていって――。
その時、マティアスさんの剣がカイルの剣を力強く弾いた。
カイルの剣が高く宙に舞う。
「あ――っ!」
私は思わず声を上げ、慌てて両手で口を押さえた。
でも、剣が地面に落ちる寸前、カイルは素早くそれをつかみ取り、間髪をいれずに突きを放った。
「――ほう。なかなかやるな」
マティアスさんが、初めて感心したような声を上げた。
その一瞬の隙を突いて、カイルの剣先がマティアスさんの頬をかすめる。同時に、彼自慢の美しい巻き毛が数本、ハラリと舞い散ったように見えた。
模造剣なのに、まさか――と目を疑ったけど。
それほど彼の一撃が鋭く、重かった証拠なのかもしれないなと思い直す。
「これは……。フフッ。私も余裕ぶってはいられないようだ」
マティアスさんは一歩下がり、鋭い顔つきで剣を構え直す。今のカイルの攻撃が、彼を本気にさせたのかもしれない。
カイルはというと、もう限界に近い様子だった。大きく肩で息をし、剣を持つ手が小刻みに震えている。
それでも、彼は決して諦めなかった。
最後の力を振り絞り、カイルはまっすぐマティアスさんに向かっていく。
「やあああっ!」
気迫のこもった声と共に、鋭い一撃が放たれた。
「――っ!」
かわそうと体をひねったマティアスさんだったけど、僅かに体勢を崩してよろめく。
「そこまで!」
鋭いお師匠様の声を合図に、試合は終了した。
カイルはその場にへたり込んで、荒い息をついていた。全身が汗だくで――でもその顔には、やり切ったという表情が浮かんでいた。
「カイル!」
矢も盾もたまらずに駆け寄ると、彼は私に顔を向け、ホッとしたように微笑んだ。
「さすがは……シュターミッツ閣下です。一撃も、入れさせては……いただけませんでした」
「ううん! カイルもすごかったよ! 最初は余裕だったマティアスさんを、一瞬でも本気にさせたんだから!」
しゃがみ込んで彼の手を取り、両手でギュッと握った。
彼は『姫様……』とつぶやくと、再びふわりと微笑む。
「ふぉあっほっは!――ふうむ、見せつけてくれるのう。老いぼれには、ちと刺激が強いわい」
「まったくです。姫殿下には恋人しか目に入っていないご様子。私の前は素通りですからな。見事なまでに〝二人の世界〟で、いっそ清々しい限りです」
横から聞こえてきたお師匠様とマティアスさんの声が聞こえたとたん、私とカイルは一気に顔を赤らめ、ほぼ同時にうつむいた。