家を継ぐ条件
カイルから聞いたところによると。
彼は緊張しつつお父様の執務室に入った。
するとそこには、ザックス王国の名門貴族たちが勢揃いしていて、初っ端から度肝を抜かれてしまったそうだ。
もちろん、顔を見ただけで〝名門貴族〟とわかったのは、マティアスさんとお師匠様だけ。
その他の人たちは、お父様から紹介されて初めて『名だたる大貴族の方々だ』と理解したらしい。
彼らは長方形の立派な机を囲むように着席していて、カイルが入室したとたん、一斉に彼を凝視してきた。
すっかり萎縮してしまった彼は、終始生きた心地がしなかったそうだ。
全員(お父様の他、十名ほど)の紹介が終わると、お父様は落ち着いた口調で訊ねた。
「カイル・ランス。まずはそなたの気持ちを確認させてもらおう。そなたは我が娘――リナリアを愛しているのだね?」
瞬間、カイルの緊張はピークに達した。
心臓が早駆けする馬のように激しく脈打ち、体は小刻みに震え、頭は真っ白になったそうだ。
口を開くまでにかかった時間は、実際には数秒ほど。
だけど、本人的にはもっと長く感じられたらしい。
彼はゴクリとつばを飲み込むと、直立不動で答えた。
「畏れながら申し上げます。私、カイル・ランスは――リナリア姫殿下を、心よりお慕い申し上げております!」
直後、貴族の人たちからざわめきが起こった。
お父様は威厳ある言葉で彼らを制し、改めてカイルを見つめた。
「カイル、そなたの気持はよくわかった。そなたは我が娘を愛し……そしてその想いは、我が娘も同じなのであろうな?」
彼は緊張しつつも、ハッキリ答えたそうだ。
「はい。誠に光栄なことながら、姫殿下も私と同じお気持ちでいらっしゃいます」
再びざわめきが起こり、彼の胃はキリキリと痛み出した。
でも、真剣であることをわかってもらうために、表情は崩さないよう気を付けていたんだって。
「それでっ? それで結局どうなったの? お父様たちは、私とカイルのことを許してくださった?」
まだ話の途中だったけど、もう我慢できない!
私は前のめりでカイルの手を取ると、両手でギュッと握り締めた。
「……いえ、それが――」
「許してくださらなかったの!?」
ショックで目の前が真っ暗になりかけたけど、カイルは慌てたように首を振り、
「あ、いえっ、違います! そうではありません! そうではなくて、ですね……」
私から目をそらして、言いにくそうに告げる。
「私は下級貴族ですが、その貴族の身分すら……父親が金で買ったものです。私が幼い頃は、ただの商人の息子でしかありませんでした」
「えっ?……そうだったの?」
「……はい」
彼は自分の身分を恥じるようにうつむき、そしてこう続けた。
「今のままの身分では、姫様にふさわしくないことはわかっていました。ですが――マックスウェル・グレンジャー閣下が、私を養子にしたいと申し出てくださったのです」
……うん、先生の言ってた通り。
お師匠様はカイルを跡継ぎにしたいって、本気で思ってくださってるんだ。
「お師匠様がカイルを養子にしてくれるなら、身分問題は解決――ってことになるんじゃないの? お師匠様は、王家に匹敵するくらいの大貴族なんでしょう?」
「はい、それはもちろん――。ですが、グレンジャー閣下がお望みくださっても、他の方々が納得できないご様子で。私にグレンジャー家を継ぐ資格があるかどうか、見極めたいとおっしゃっているのです」
「グレンジャー家を継ぐ資格があるかどうか、見極める……? それってどういうこと? いったい、どうやって見極めるの?」
「グレンジャー家は代々、王家の剣術指南を務められるほどの剣の名手を、数多く輩出してきた家柄です。その家を継ぐというのであれば、この国一の剣の使い手でなければならないと……。翌年に開催される武術大会で優勝することが、絶対条件とのことでございました」
「武術大会での優勝!?……でも、それって……もともとカイルが目指してたものだよね?」
「はい」
「だったら、今までと変わらないじゃない。目指すは武術大会での優勝のみ!……ってことでしょ? そのために頑張ってきたんだよね?」
「はい」
「なら、どうしてそんな浮かない顔して……あっ、そっか! 養子になるなんて、そう簡単に決められることじゃないよね? ご両親のお気持ちだってあるし。なのに……ごめんなさい。カイルの身分問題が解決すれば、私たちの間に障害なんてなくなるって……そんなことばっかり考えてて、カイル自身やご両親のお気持ちまでは考えてなかった……。本当にごめんなさい」
自分のことばかり考えていたことが恥ずかしくて、私は握っていたカイルの手を離し、目をそらすようにしてうつむいた。
だけど、今度は彼の方から私の手を取り、胸の前で強く握り締めた。
「違います、姫様! 両親の気持ちのことを憂いていたわけではございません! いよいよ失敗することができなくなったと、その重圧に不安を抱いていただけなのです!」
「え? 不安……?」
「……はい。確かに私は、武術大会での優勝を目指し、今までひたすら精進して参りました。蘇芳国でも毎朝のように、雪緋に協力してもらったりなどして体を鍛え、腕を磨いて参りました。ですが……自分がどこまで強くなれているのかわかりませんし、正直に申し上げますと、絶対的な自信を持つまでには至っておりません。……それでも私は勝たねばならない。姫様とのことをお認めいただくため、身分の差をなくすために、絶対に勝たねばならないのです!」
「……カイル……」
思い詰めたような彼の瞳に、胸がキュッと痛んだ。
カイルがここまで頑張ってくれているのに……頑張ってきてくれたのに。
私ときたら、ただ願うだけで……彼の優勝をただ信じて、待つことしかできていない。
彼のために、私は何ができるんだろう?
ただ待つだけじゃなくて。もっと他に、二人のことをみんなに認めてもらうため、頑張れることはないんだろうか?
そんなことを考え始めた時だった。
誰かの咳払いの音がして、
「君たち、我らのことを家具か何かだと思い込んでいやしないだろうな? 二人だけの世界に没入するのも結構だが、いい加減、放置され続けることにも飽きてきたんだがね」
続いて、冷ややかな先生の声が聞こえた。