師匠の事情と騎士見習いの帰城
お師匠様のご実家が由緒正しい貴族の家柄で、その家の跡継ぎがお師匠様――って話は、以前、直接お師匠様から聞いていたけど。
でも、まさか……〝王家に次ぐ名門〟とまで言われている、大貴族だったなんて。
あまりにも驚いて呆然としてしまっていると、先生は興ざめした様子で眉間にシワを寄せた。
きっと、『なんだ、あのお方の正体に気付いたわけではなかったのか』――とでも思っているんだろう。
鈍くて申し訳ない、と恥ずかしくなりつつも。
そういえば……と、私はあることを思い出していた。
私のひいおじい様である、エドヴァルド。彼の幼少期の遊び相手に選ばれたのがお師匠様だったって話も、前に聞いていたのよね。
将来国王になる予定の子の、遊び相手に選ばれるくらいだもの。そりゃあ、大貴族のご子息に決まってるか。
お師匠様って、見た目は仙人か大魔法使いを思わせるような風貌だし。
飄々としてて、いつもニコニコ笑ってる優しいおじいちゃんって印象だったから。
大貴族かどうかなんて、考えてみたことすらなかったな……。
……そっか。
お師匠様が王家に次ぐ名門貴族――……。
若い頃は〝凄腕の剣士〟ってことで、名を馳せてたみたいだし。
こうして改めて考えてみると、ホントにすごい人だったんだな……。
――なんて、しみじみと感心していた私に、先生はさらに語った。
お師匠様は結婚しなかったため、子供はいない。
ご兄弟の子供も女の子ばかりで、皆、嫁いでしまったし、嫁いだ先で生まれた子も、全て女の子だったそうだ。
お師匠様は〝グレンジャー家の跡継ぎいない問題〟を以前から気にしていて、お父様に相談していた。
誰かいないかと探してはいたものの、なかなか条件に合う人がおらず、困っていたところ――。
「そこで、カイルはどうかって話になった……ってことですか?」
私が訊ねると、先生は薄く笑ってうなずいた。
「そうだ。彼なら申し分ないと、グレンジャー閣下もたいそう乗り気でいらっしゃるらしい。どうやら閣下も、以前から彼に注目していらっしゃったそうなのだよ」
「えっ、そうなんですか? お師匠様が、カイルを養子にって……前から?」
「ああ、そのようだ。彼のどこをお気に召したのか、その辺りのことは伺っていないが」
「そう……なんですか。お師匠様が……」
でも……そういえば。
カイルが行方不明になってしまって、私が落ち込んでた時。
お師匠様に話を聞いてほしい――って、いきなり言われたことがあったっけ。
……で、これまたいきなり、『カイルという若者のことをどう思っているのか』なんて、直球の質問されちゃって……。
あの時はメチャクチャ焦ったっけなぁ……。
まさかお師匠様から、恋愛に関する質問されるとは、これっぽっちも思ってなかったから。
どうしてそんなことを? って訊ねたら、カイルは昔の自分に似てるんだって……そんなことをおっしゃって。
そこから、お師匠様の昔話――切ない片恋語りが始まったんだよね。
……そっか。
きっとあの頃から……カイルのことをずっと気にしてくれてたのかも。
昔の自分に似ているあの少年なら、養子にちょうどいいって思ってくれてたのかな?
なんとなくだけど、納得がいった気がして。
私は一人で感心し、うんうんとうなずいていた。
先生はそんな私に、『何を一人でうなずいている?』なんて言って、気味悪そうにしていたけど。
慌てて説明しようと口を開きかけたとたん、再びノックの音がして。
「姫様。カイル・ランス、ただいま戻って参りました。入室してもよろしいでしょうか?」
少し緊張しているようなカイルの声が聞こえた。
私は弾かれたように駆け寄っていって、自らドアを開ける。
「カイル、おかえりなさい! お父様のお話って何だったの!?」
おかえりなさいの次に、もうその話か……と我ながら呆れたけど。
仕方ないじゃない! 気になるものは気になるのよ!
戻って早々の質問に、カイルは困ったように首を横に傾け、
「今からご報告いたします。ですが……少しだけお待ちいただけますか? 私も、まだ夢の中をさまよっているような心持ちで……うまく話せる自信がないのです」
そう言って胸元に片手を当て、微かに笑みを浮かべた。
「あ……うん、もちろん! ごめんね、いきなり質問なんかしちゃって。蘇芳国から戻ってすぐ、お父様から呼び出しがかかるなんて、いったいどんな内容だろうって、ずっと気になっちゃってたから……」
私はドアを大きく開け、急かしたことを謝ると、カイルを室内に迎え入れた。
セバスチャンやアンナさんたちだけなら、まだともかく。
先生やシリルまでいたことに、彼は驚いた様子だったけど、私が椅子に座るよう促すと、静かに首を横に振った。
「いいえ、どうかお気遣いなく。椅子には姫様がお座りください。私は立ったままで大丈夫です」
「え。でも――」
「いいから座りたまえ。遠慮し合うなど時間の無駄だ」
何故か突然、横から先生が口を出してきて、一瞬ムッとしてしまった。
でも、確かに時間の無駄か――と思い直し、私は渋々腰を下ろした。