事に及ぶ前に?
先生から衝撃の一言を告げられた私は、しばらく床から立ち上がれずにいた。
その場にいた先生以外の人たちは、私を心配して周りに集まってきてくれていたけど……それにすら、初めのうちは気付けなかったくらいだ。
だって……お父様が私とカイルのことを知っていたなんて。
先生が逐一報告してたから、全てご承知だったなんて……。
……そりゃあ、いつかはお話しなきゃって思ってはいたけど。
自分から全てお話して、二人のことわかってもらおうって……思ってはいたけども!
でも、それは……カイルが騎士になるための試験に合格して、一人前の騎士になってからのことで……。
今すぐにって、思ってたわけじゃなくて!
これからのことだって、私なりにいろいろ考えて……あれこれ計画してたのに。
騎士試験までも、武術大会までも、まだ結構時間があるし。
その間にひとつひとつ計画を実行して、お父様にカイルのこと知ってもらって――最終的には、認めてもらえるところまで持っていこう! とか……。
……密かに考えてたのに。
ああ、それなのに!
先生のせいで、全て台無しになってしまった――!
様々な思いがグルグルと駆け巡り、吐き気が込み上げてきそうだった。
私の知らないところで、お父様に全て伝わっていたという恥ずかしさと、計画を踏みにじられたかのような悔しさで、体はワナワナと震えた。
……ああもうっ、信じられない!
先生がそんな、スパイみたいなことしてたなんて……。
私はようやく平常心を取り戻すと、床にへたり込んだまま先生をキッとにらみ付けた。
「ヒドイじゃないですか、先生っ! 隠れてコソコソと、お父様に私たちのこと報告してたなんて! そんな密告みたいなことして、恥ずかしいと思わないんですかっ!?」
「――恥ずかしい? 何を恥ずかしく思う必要があるのかね?」
「な――っ!」
少しも動じることなく返され、私は口を半開きにしたまま固まった。
どうしてこの人は、ここまで平然としていられるんだろうと、呆れるほかなかった。
先生はそんな私を冷たく見下ろし、
「君の教育係になった頃、言っておいたはずだが? 君たちがそれぞれの立場を忘れ、色恋にのめり込むようなことがあれば、私も考えねばならんと。そしてこうも言ったはずだ。君たちがバカなことをしでかす前に手を打つ――と」
淡々と告げてから、おもむろに腕を組む。
「『バカなことをしでかす前に』? 私たちが、どんなバカなことをしたって言うんですかっ!?」
「……だから、しでかす前にと言っただろう? しでかしてからでは遅いのだよ。――蘇芳国では、人目もはばからず睦み合っていたではないか。君たちのあの様子を見て、危険だと判断したのだ。このまま静観していては、近いうちに事に及んでしまうだろう――とね。その前に手を打つ必要があった。だから陛下に――と言っても直接ではなく、まずはセバス殿にご報告申し上げたわけだが」
「えっ?……セバス……チャ、ンんん~~~……?」
私は『どうして黙ってたの?』という意味を込め、ギロリとセバスチャンをにらみ付けた。
彼は『ピッ!?』と声を上げ、慌てたように弁解を始める。
「ち、ちちち違うのですっ、姫様! 私めは、部下に届けさせた書状の内容を陛下にご報告申し上げる義務がございますゆえっ、その義務に従ったまでのことにございますっ! オルブライト様の書状に書かれていた内容につきましても、姫様にお話する機会を窺っておりましただけで、決して、秘していたわけでは――っ」
翼をバタバタさせながら、『申し訳ございませんっ』『お許しくださいっ』などと繰り返し、今度は私の周りをグルグルと回り始めた。
私はハァ~っと、わざと大きめのため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「……わかった。わかったから落ち着いて、セバスチャン。……そうよね。あなたも……そして先生も、お仕事だものね。あなた達の雇用主は私じゃなく、お父様なんだから……当然、報告の義務があるのよね……」
「ひ、姫様……っ! ご理解いただけましたのですなっ!」
ホッとしたようにセバスチャンが翼を下ろせば、先生は『わかればよろしい』とでも言うように、静かにうなずく。
先生に『危険だと判断』されてたことは、かなりショックだったけど。
彼は私の教育係なんだから、私たちがこと――っ、こ、事に及ぶ――前に、どうにかしなきゃって考えたのは、仕方ないことなのよね。
でも、こ、『事に及ぶ』って……具体的には何?
急いで止めに入らなきゃマズい、って思うくらいのこと……なんだから、たぶん、その……あの行為のこと、なんだろうけど……。
し、心配しなくても、そんなことまだまだしないってば!
カイルだって、キ、キス以上のことはしない――って、前に言ってくれたし!
なのに、そんな……。
そんなことするかもしれないって、思われてたなんて……。
……うぅっ。
恥ずかしくて消えちゃいたいよぉ……。
長い間お湯に浸かった後みたいに熱くなった体を、自分の両腕で抱き締めながら。
私は涙目になり、しばらく声すら上げられなかった。