教育係の爆弾発言
いきなりシリルに泣き出された時は、どうしようかと思ったけど。
彼をなだめることに必死になっていた間は、カイルの帰りが遅いとヤキモキせずに済んだ。
事情を説明してからシリルにお礼を言うと、彼はたちまち真っ赤になって、思い切り首を横に振った。
「そ、そんなっ! 僕、お礼言っていただけるようなこと、何もしてませんっ!……それどころか、僕……もう十二なのに、あんなに泣いたりして……。姫様に、ご迷惑までおかけして……。すごく情けないし、恥ずかしい……です」
シリルは消え入りそうな声で言った後、自分の体を抱き締めるようにして、小さく小さく縮こまる。
私は一瞬、『十二? 十二なのにって、何が?』なんて思ってしまったけど、すぐに年齢のことかと気付き、改めて彼を見つめた。
……そっか。シリルも、もう十二歳なんだ。
時が経つのって早いなぁ……。
まあ、私が十七になったんだから、シリルだって十二になってて当たり前か。
私がこの世界に落ちて(戻って)きてから、一年経ったってことだよね。
「……ってことは、武術大会は来年開催されるの……?」
思わずつぶやくと、セバスチャンがトテトテと寄ってきて、大きくうなずいてみせた。
「左様でございます。武術大会は翌年行われる予定ですぞ。姫様は、優勝者の頭に草冠をお載せするお役目がございます」
「ああ……。そう言えば、カイルが前に言ってたっけ。桜さん、そのお役目が嫌だったのか何なのかわからないけど、急にいなくなっちゃったんだってね」
「おお……、姫様もご存知でいらっしゃいましたか!」
「うん。一年前にカイルから聞いたの。桜さんを見つけたのも、彼だったんでしょ?」
「はい。左様でございま――」
「サクラ……さん?」
私たちの会話を横で聞いていたシリルが、不思議そうに首をかしげる。
「サクラさんって、どなたですか? 優勝者に草冠をお載せするのは、姫様ですよね……?」
「えっ!?……あ、あぁ……えーっと、それは……そのぉ……」
――ヤバい! シリルは桜さんのこと知らないんだった!
懐かしくて、つい……ポロッと桜さんの名前出しちゃったよ……。
焦った私は、セバスチャン、アンナさん、エレンさんの順に視線を移し、『助けて』と目で訴えた。
彼らは困ったように顔を見合わせた後、ゆるゆると首を横に振る。
うぅ……っ、やっぱりダメか。
うっかり口にしちゃったのは私なんだから、自分で責任取らなきゃよね……。
反省し、いろいろ考えてはみたものの。
うまいごまかし方なんて、チラッとも浮かんでこなかった。
いよいよ追い詰められ、どうしようかと頭を悩ませている途中、ノックの音が聞こえて。
「はいっ!――ど、どーぞお入りくださいっ!」
渡りに船とばかりに、相手を確認しないまま入室を促した。
一拍の後、ドアを開けて入ってきたのは――。
「あ……。先、生……」
誰かわかったとたん、ガックリと肩を落とす。
先生はギロリと私をにらみ付け、
「何だね? 人の顔を見た瞬間に肩を落とすとは、失敬極まりないな。正直であることは、美徳とみなすこともあるにはあるが、常に良しとされるとは限らんぞ? だいたい君は――」
「あーっ、ハイハイ! ごめんなさいすみませんお許しくださいっ。私が悪うございましたっ!」
放っておいたら、このまま説教の時間に突入してしまう。
それだけは回避したかったから、私は慌てて謝った。
それから先生の前に進み出て、
「先生っ、今日はお勉強お休みのはずですよね? なのに部屋にいらっしゃるなんて、どうしたんですかっ? 何かあったんですかっ?」
口を挟む隙を与えないよう、私は早口で訊ねた。
先生は呆れ顔で私を見つめると、軽くため息をつく。
「確かに、今日の講義はないと伝えてあったが……。それとは別に、君に用があるのだよ」
「用? 私に用って、えっと……何ですか?」
「君の気持ちの確認だ」
「……は? 気持ちの……確認?」
気持ちって……いったい何の気持ちだろう?
確認されなきゃいけないようなことって、あったっけ?
すぐには何のことだか思い当たれず、私はボケーッとしてしまった。
先生は片手でクイッと眼鏡の位置を直してから、おもむろに腕を組み。
「昨日、陛下がこうおっしゃったのだよ。『我が娘はカイルという騎士見習いと恋仲だそうだが、婚姻まで望んでいるのだろうか? 望んでいるとするのなら、私も覚悟を決めねばならんだろう。だが、その前に――娘の想いがどこまで本気なのか、確認してみてはくれまいか』……と」
「…………へ?」
ワガムスメハ カイルトイウ キシミナライト コイナカダソウダガ……?
わがむすめは かいるという きしみならいと こいなかだそうだが?
我が娘は カイルという 騎士見習いと 恋仲――……。
こ――っ、恋仲だそうだがぁあああッ!?
お父様の口から出たというその言葉の意味を、だいぶ遅れて理解した私は、
「なっ、なな――っ!? なっ、なななんっ、なんっ……でお父様が、そんなこと知って――っ!?」
うろたえてドモリまくり、顔どころか、体中が沸騰しているように熱くなった。
先生は平然とした顔で、
「何故ご存知か、だと?――私が逐一ご報告申し上げていたからに決まっているだろう」
これまた平然と言い放った。
私は呆気に取られた後、先生を穴の開くほど見つめ……ヘナヘナと膝から崩れ落ちた。