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天使の目に涙

 ドアを開けたと同時に目に飛び込んできたのは、天使のようなシリルの笑顔。


 ……だと思ってたんだけど、見事に外れてしまった。

 シリルは今にも泣き出しそうに瞳を潤ませ、私と目が合ったとたん、


「姫様ぁっ!」


 と言って抱きついてきた。


「えっ、えっ?……シリル? どうしたのいったい?」



 いつもギュッとするのは私からで。

 シリルの方から抱きついてくることなんて、今まで一度もなかったのに……。



 私は驚きと戸惑いの入り混じった気持ちのまま、シリルの背にそっと両手を添えた。


「ひっ、姫様っ。姫様ぁっ」


「シリルったら、落ち着いて? ゆっくりでいいから……どうして泣いてるのか、事情を説明してくれない?」


 彼の頭と背中を優しくなでながら、なるべく穏やかな口調で訊ねる。

 すると、


「シリルっ?――シリル、いかがしたのだ? 何ゆえ涙などっ?……そ、それはさておき、いきなり姫様に抱きつくとは何事かっ! 早く離れるのだっ、無礼であるぞ!」


 慌てたようにセバスチャンが寄ってきて、私達の周りをグルグルしながら、シリルを軽く叱りつけた。


「いいの、セバスチャン! 私は全然気にしてないから、ちょっと黙ってて! 今はシリルを落ち着かせる方が大切でしょっ? 無礼だの何だのって、言ってる場合じゃないってば!」


「ピッ!?……は、はぁ……。かしこまりました、私は横で控えております……」


 一気にシュンとなって、セバスチャンは私たちから数歩ほど距離を取った。

 彼が悪いわけじゃないのに、キツく言いすぎてしまったかしらと反省し、


「ごめんね、セバスチャン。怒ったわけじゃないのよ? とにかく今は、シリルを落ち着かせなきゃって思って――」


 口調がキツくなったことを謝り、続けて説明しようとしたら、セバスチャンはゆるゆると首を横に振った。


「何もおっしゃらずとも、理解しております。どうかお気になさいますな」


「……うん。ホントにごめんね? ありがとう、セバスチャン」


 謝罪とお礼を伝えると、彼は目を細めて数回うなずいた。

 私はホッとしつつ、シリルへと視線を戻す。


「シリル。ねえ、本当にどうしたの? お願いだから、何があったか教えてくれない?」


 そっと頭をなで、もう一度訊ねる。

 シリルは肩を震わせながら、ポツポツと話し出した。


「……僕、僕……もう、姫様の護衛は……させていただけなくなるっ……ん……ですか? 僕、もう……姫様のお側に……いちゃ、ダメなんですか?」


「……へっ?」


 唐突な質問に、思わず目が点になった。



 いったい、何を言い出すんだろう?

 シリルが護衛じゃなくなる、みたいなこと……。


 そんなこと、絶対絶対あるわけないのに。



「何言ってるのよ、シリル? どうしていきなりそんなこと……。私がシリルを護衛から外すわけないでしょう?」



 たとえ『外せ』って言われても、断固として拒否してやるわよ。

 お父様から命令されたとしたって、『イヤです!』って即答してやるんだから!



 心の中で断言しながら、私はうんうんとうなずいた。

 だけどシリルは、少しも安心できていない様子で先を続ける。


「でも……。でもイサークさんが、『姫さんの元の護衛が帰ってきちまったんだから、おまえはお役御免になるんじゃねーのか?』って……」


「ええっ!? イサークがシリルにそんなことを!?」


「……はい。だから僕、心配で……。僕が姫様の護衛として、うまく働けなかったから……蘇芳国に行くことができなかったから、呆れられてしまったのかと思って、僕……僕……っ」


 そう言うと、シリルはまたシクシクと泣き出してしまった。

 私は必死に『心配しなくても大丈夫よ』『蘇芳国に行けなかったことくらいで、護衛から外すわけないじゃない』というようなことを伝え続け、彼の頭をなで続けた。



 ……まったく、イサークったら!

 シリルになんて勝手なことを~~~……っ!


 私がいつ、シリルを護衛から外すなんて言った!?

 カイルが戻ってきたからって、『じゃあ、シリルはもういっか』――なーんてことに、なるわけないでしょ!



 第一、カイルはこれから、正式な騎士になるための試験? だか何だかをクリアしなきゃいけないんだから。

 私の護衛なんて、ノンキにしてられるはずないのよ。



「ねえ、シリル。イサークの言うことなんて信じちゃダメよ? あの人、すーぐテキトーなこと言ったりやったりするし。悪い人ではないけど、からかったり意地悪言ったりすることはしょっちゅうだから、いちいち相手にしなくていいの。かーるく無視しちゃっていいんだからね?」


「……じゃあ……じゃあ、僕……これからも、姫様のお側に……置いていただけるんですか? 護衛、続けられるんです……か?」


 そっと体を離すと、シリルは両手で涙をぬぐいながら、私を見上げて訊ねる。

 私は大きくうなずき、


「もちろんよ! もしもシリルが『辞めたい』って言ったとしても、全力で引き止める気、満々だし!……だから、これからもずーっと私の護衛でいてね?」


 最後にもう一度、彼の頭をひとなでして、ニコリと笑う。

 シリルは、ぱあっと表情を明るくすると、嬉しそうに微笑んで『はいっ』と元気に返事をした。


 私はシリルに笑顔を向けながら、


(シリルをこんなに不安にさせて……まったく、イサークのヤツぅ~~~……っ! ぜーったい、後でビシッと注意してやるんだから!)


 ……なんてことを考えつつ、メラメラと怒りの炎を燃やしていた。

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